けまんそう      

      ケマンソウ Bleeding-heart Decentra spectabilis ケシ科コマクサ属

『赤毛のアン』のなかには、心に残る庭がいくつか出てきます。バリー家の庭はその代表的なもの。
 

ばら色のブリーディング・ハーツ(rosy bleeding-hearts)、真紅の素晴らしく大輪の牡丹、白くかぐわしい水仙や、棘のある、やさしいスコッチ・ローズ、ピンクや青や白のおだまき草や、よもぎや、リボン草や、はっかの茂み、きゃしゃな、白い羽根のような葉茎を見せているクローバーの花床、つんとすましかえったじゃこう草の上には、燃えるような緋色の花が真っ赤な槍をふるっている、といったぐあいで--- 『赤毛のアン』第12章 おごそかな誓い

 (There were rosy bleeding-hearts and great splendid crimson peonies; white, fragrant narcissi and thorny, sweet Scotch roses; pink and blue and white columbines and lilac-tinted Bouncing Bets; clumps of southernwood and ribbon grass and mint; purple Adam-and-Eve, daffodils, and masses of sweet clover white with its delicate, fragrant, feathery sprays; scarlet lightning that shot its fiery lances over prim white musk-flowers; a garden it was where sunshine lingered and bees hummed, and winds, beguiled into loitering, purred and rustled.)
 

これらの花を読み解くのかと思うと、心が弾みます。

まず、作者モンゴメリが子供の頃一番好きだった花ケマンソウ(Bleeding-heart)は、中国原産の多年草。高山植物の女王・コマクサは同属。 姿が似ていて、まるで「俗世間に降りたコマクサ」。

けまんとは、漢字で華鬘。
インドの女性を飾る装飾品のことで、のちには仏堂の天井にぶら下げる、仏様への捧げものも華鬘と呼ばれるようになりました。
            華鬘 (けまん)  エライオソーム Elaiosome 

花の形から、タイツリソウ(鯛釣草)、フジボタン(藤牡丹)の別名もあるようですが、現在の日本では、タイツリソウの名前のほうがポピュラーでしょう。
七福神の一柱、恵比寿さんが鯛を釣るのですから、めでたい花なのです。
日本では古くから園芸用として栽培されてきています。19世紀に日本から英国に紹介され、さらにプリンス・エドワード島に伝わり、耐寒性があることと、独特の花姿 の美しさとが相まって愛されてきました。
欧米人はこれを心臓に見立てるようです。英語名は「bleedeng heart(血を流す心臓)」、ドイツ語名「tranendes Herz(涙を流す心臓)」、フランス語名「coeur-de-Jannette(ジャネットの心臓)」「coeur-de-Marie(マリーの心臓)」などと呼ばれている のですが。
私個人はこの「心臓」を冠した名前は、あまりに直截過ぎて好きではありません。

実はケマンソウ、この華奢な様子からは想像もつかないほど、繁殖力が強いのです。
繁殖いちずなケマンソウ。・・・ある作戦を採るからなのです。
ケマンソウの種には、種枕(しゅちん エライオソーム Elaiosome )と呼ばれる物質がくっ付いて いるのです。そのエライオソームは糖質や油脂分を含む栄養に富んだ物質。これを何の目的に使うかと言えば・・・おとりですね。
蟻はこの栄養満点のエライオソームが大好き。種が弾けて地面に落ちると、ふらふらと誘引された蟻たちは、この「種+エライオソームセット」を巣に持ち帰り、 美味しいエライオソームを食べ、残った種は巣の外に投げ捨てます。
時に、種が弾けて地面に落ちるのを待ちかね、花茎をよじ登っている蟻もいるのでした。これこそ蟻のケマンソウ・クライミング。
@ 種袋がはじけて、種がはじけ飛ぶ。
A 蟻の働きのおかげで、庭のあちこちからケマンソウが発芽してくる。
自分自身のすぐ近くに種を落とす堅実な生き方を選ぶか、旅に出て新しい世界を見るか。
これがけまんそうの繁殖作戦。植物はいったいどこで考えているのでしょう。

蟻の働きに感謝して、我が家では庭のケマンソウ達を、「ワンダリング・ブリーディング・ハーツ」と呼ぶのでした。
ところが、華奢な外観に似合わず、全草に植物毒を含み、誤食した場合、重篤な身体反応を引き起こし、時に生命にかかわることもある、とのこと。さすがケシ科の花です。

写真は、私の庭。背景にはワスレナグサの群れ。ビオラ、芝桜。

      ○ りんねとふ心のゆくへ探しをりけまん草のうつむきて咲く    (Ka)

      ○ あたたかき未来に呼ばれてゐるやうな輝きを垂るけまんそうの花   (Ka)