お墓に植えた白いばら  

  とげのあるやさしいスコッチローズ  ロサ・スピノッシシマ   Rosa spinosissima

スコッチローズは、正式にはロサ・スピノッシシマ(Rosa spinosissma)と呼ばれ 、別名:バーネットローズ、スコッチ・ブライヤーの名前を持ちます。
花色は白、薄いピンク、黄色。ヨーロッパで野ばらと呼ばれている原種ばらで、一重のばら。北アメリカでも普通に見られます。

                  日本の照葉のいばらに似ている。
  (バリー家の庭に咲いていたのは)バラ色のブリーディング・ハーツ、真紅のすばらしく大輪の牡丹、白くかぐわしい水仙や、棘のある、やさしいスコッチ・ローズ( thorny, sweet Scotch roses)、ピンクや青や白のおだまき、よもぎや……       『赤毛のアン』第12章 おごそかな誓い   村岡花子訳

 (There were rosy bleeding-hearts and great splendid crimson peonies; white, fragrant narcissi and thorny, sweet Scotch roses; pink and blue and white columbines and lilac-tinted Bouncing Bets; clumps of southernwood and ribbon grass and mint; purple Adam-and-Eve, daffodils, and masses of sweet clover white with its delicate, fragrant, feathery sprays; scarlet lightning that shot its fiery lances over prim white musk-flowers; a garden it was where sunshine lingered and bees hummed, and winds, beguiled into loitering, purred and rustled. )

「あたし、今日の午後、マシュウ小父さんのお墓にばらを植えてきたんです、小父さんがとても好きでしたから。  
         『赤毛のアン』第37章 死のおとずれ  村岡花子訳  

("I was down to the graveyard to plant a rosebush on Matthew's grave this afternoon," said Anne dreamily. "I took a slip of the little white Scotch rosebush his mother brought out from Scotland long ago; Matthew always liked those roses the best--they were so small and sweet on their thorny stems. It made me feel glad that I could plant it by his grave--as if I were doing something that must please him in taking it there to be near him. I hope he has roses like them in heaven. Perhaps the souls of all those little white roses that he has loved so many summers were all there to meet him. )
 

私は、『赤毛のアン』の植物描写になかで、第37章のこの場面が一番好きなのです。
手持ちの本(村岡訳、平成4年版103版)には、この部分が完全に訳出されていないのを残念に思っていました。
やや中性的なマシュウと、女らしさに目覚めようとしているアン。
アンがジェンダーの枠が厳然としてある社会の一員となり、ある種の攻撃性や非凡さを失っていく・・・自立した大人としてアヴォンリーに住み続け、大学を諦めるという自己犠牲を完遂させるために、 中性部分で重なっていたマシューはこの時点で夾雑物となってしまったのかもしれません。
訳者はそれを認めたくなかったからなのか。

 1979年フジテレビで放映されたアニメ『赤毛のアン』はこの場面をこう表現しています。
アンはマシューのお墓にお参りした後、アラン夫人を訪ね、

「今日、マシューのお墓にばらの苗を植えに行ったんです。マシューのお母さんが、スコットランドから昔持ってきた小さい白いばらの接ぎ穂なんです。マシューはそのばらが一番好きだと言っていました。棘のある幹に小さな可愛らしい花を咲かせるんです。お墓のかたわらにそれを植えられると思うと嬉しくなりました。マシューのそばに持っていくことできっと喜んでもらえるという気がして。天国にもあんなばらをマシューが持てたらと思うんです。夏ごとにあんなに愛していたんですもの。小さなばらたちの魂が、きっとうち揃ってマシューを迎えてくれたにちがいありませんわね。」 

こう話しています。 山田栄子さんのアンがこの台詞を 口にする時、島の景色が目に浮かぶようでした。アニメの『赤毛のアン』は神山妙子さん翻訳のものを参考にされているようですが、1973年発行旺文社文庫のこの本はすでに絶版。いつか手に入れて読みたい----。 優しい棘 --- マシュウとマリラの母親が母国スコットランドからはるばる移住地へ持ち込んだばらですから、マシュウはどんなに大切に思っていたことでしょう、その棘さえも愛おしいと。

愛する人を失っても、その愛を支えに生きていく、それは幸せ。
母親への愛を心に秘め亡くなったマシュゥの魂はともしびとなって、アンの心に宿る。
マシュウの人生とアンの生き方が響きあい、アンの世界が広がっていく。マシューとの思い出がアンを支え、生き方を認める。地に足を付けて生きてきたマシュウの一生と対峙する時、生活のなかにこそ、真実の愛があると悟るアン。これを良く象徴しているのが、棘や剛毛があるスコッチ・ローズ。
 

   ○
   遠ざかるいのち追い来て湧きいづる思ひこぼれり分水嶺に  (Ka)
 

参考までに:村岡花子訳改訂版にはこうあります。

「あたし、きょうの午後、マシュウ小父さんのお墓にばらを植えてきたんです。」アンは夢見るように言った。「ずっと昔に小父さんのお母さんがスコットランドから持ってきた、小さな白いスコッチローズの小枝を挿し木してきたんです。小父さんはこのばらがいちばん好きだっていつも言っていました。棘だらけの枝に甘く香る可憐な花をつけるんですよ。」        『赤毛のアン』 第37章 死のおとずれ