すいせん      

  水仙  ジューンリリー(June lilyNarcissus (ヒガンバナ科スイセン属))   

スイセンはヨーロッパ、地中海沿岸を原産とする多年草(球根植物) で、植物毒リコリンを含む有毒植物。
野ネズミの食害に遭うチューリップは、この水仙の球根と一緒に保存すると効果があります。
スイセン(Narcissus)は水仙を代表する名前で、なかでも花冠の長いラッパズイセンは、ダッフォディル(Daffodi)と呼ばれます。いずれも球根で増え、切花や花壇に利用されます。

ラッパスイセンにはこんな神話があるのです。
【水に映った自分の姿に恋するという呪いを受け、溺死した美青年が水仙 (narcissus) の花に生まれ変わった。】と。ナルシストの語源です。
当然モンゴメリもこの神話を知っていたことでしょう。
越前岬や淡路島の水仙で知られる日本水仙(Narcissus tazetta) は、地中海沿岸を原産地とするフサザキスイセンが基本種。シルクロードを通り、古代の中国を経由し、日本に渡来したと伝わります。
流れ着く---海流に乗ってきたのでしょうか、いまでも暖地の海岸に自生しています。 

『赤毛のアン』には水仙が出てくる印象的なシーンがいくつかあります。
まず、マシューに諭されマリラと一緒に謝りに行ったアンを、リンド夫人が快く許す場面には。

  それから、ほしかったら、すみのところの白いゆりの花(white June lilies)をつんでもいいからね。」
          『赤毛のアン』第10章  アンのおわび

 ("Laws, yes, run along, child. And you can pick a bouquet of them white June lilies over in the corner if you like." )

  アンが、ふくいくとした香りのただよう果樹園のほの暗い下かげから、水仙(white narcissi)の花束をかかえて現れた。『赤毛のアン』第10章 アンのおわび

(もっともこの水仙、リンド家を買い取ったマクファーソン夫人に抜き取られてしまいます。 このマクファーソン夫人とは、『アンのお友達』のなかの「オリビア叔母さんの求婚者」に出てくるオリビア叔母さんその人。
結婚しても生来の性格が変わることはなかったようです。きちんと片付け、清潔を旨とする結婚生活に夫マクファーソンさんは耐えられたのか?)

 (When Marilla went home Anne came out of the fragrant twilight of the orchard with a sheaf of white narcissi in her hands. )
 

ここの場面が不思議でした。アンが摘んだのは百合なのか、水仙なのか。
リンゴの花が咲く季節に、百合の花が咲いているはずはないことに気付いたのは、植物を育て始めてからのこと。
白くすんなりした花を ”lily" と呼ぶ例はほかにも。
ユリは聖母を象徴するので、キリスト教を代表する花と言えます。 春一番に咲く水仙を 「白いゆりの花」(”
June lilies”)と呼ぶ・・・聖なるものが現れた喜びを象徴する名付け。

ラッパスイセン(
Daffodi
      
IceFollies   私の庭 4月
咲く進むにしたがって、花冠が白く変化し、花弁は蝋細工のように輝きはじめます。

ラッパスイセン (
Daffodi)Early sensation

名前の通り、雪が消え残るころから咲きはじめます。
私の庭 3月

  ばら色のブリーディング・ハーツ、真紅の素晴らしく大輪の牡丹、白くかぐわしい水仙(white, fragrant narcissi)や、棘のある、やさしいスコッチ・ローズ、ピンクや青や白のおだまき草や、よもぎや、リボン草や、はっかの茂み、きゃしゃな、白い羽根のような葉茎を見せているクローバーの花床 ・・・ 
  『赤毛のアン』第12章  おごそかな誓い(バリー家の庭の描写) 

 
(There were rosy bleeding-hearts and great splendid crimson peonies; white, fragrant narcissi and thorny, sweet Scotch roses; pink and blue and white columbines and lilac-tinted Bouncing Bets; clumps of southernwood and ribbon grass and mint; purple Adam-and-Eve, daffodils, and masses of sweet clover white with its delicate, fragrant, feathery sprays; scarlet lightning that shot its fiery lances over prim white musk-flowers; a garden it was where sunshine lingered and bees hummed, and winds, beguiled into loitering, purred and rustled.)
 

薔薇色真紅、白、薄いピンク、青、白のおだまき、ふわふわしたサザンウッド、すらっとした リボン草、緑濃いはっか白く香り高いスイート・クローバー

島の緑には、54種類あるといいます。
バリー家の庭の、これらの植物を想像するだけで、うっとりしませんか。
 大きな赤いしゃくやくとならんだ白水仙white June lilies she calls narcissus)と言った感じですね。
     (ダイアナとルビーとアンの三人を比較してのリンド夫人の言葉)
         『赤毛のアン』 第30章 クィーン学院の受験

 (But somehow--I don't know how it is but when Anne and them are together, though she ain't half as handsome, she makes them look kind of common and overdone-- something like them white June lilies she calls narcissus alongside of the big, red peonies, that's what." )

「ありがとう。このジューンリリーは春が持ってきてくれる中で一番美しい花です。このほんとうの名前が白水仙だということをご存知ですか?」                                                                               
      (口の利けないキルメニイが摘んできたジューンリリーを見て、エリックがこう言いました。
         『果樹園のセレナーデ』 村岡花子訳 新潮文庫
 
 

リンド夫人と、恋人を思うエリックの言葉から、white June lilies が narcissusだと判明します。
 白水仙white narcissu)をかかえたアンが入口の階段のところに駆けつけてみると、マシュウがたたんだ新聞を手にして戸口に立っていた。その顔はへんにひっつれて灰色だった。
         『赤毛のアン』 第37章 死のおとずれ

 It was Marilla who spoke, alarm in every jerky word. Anne came through the hall, her hands full of white narcissus,--it was long before Anne could love the sight or odor of white narcissus again,--in time to hear her and to see Matthew standing in the porch doorway, a folded paper in his hand, and his face strangely drawn and gray.
 

アンが島にやってきたのが白い水仙の花咲く6月。
クイーン学院を卒業し、前途に希望を抱いていたアンの前に悲劇が起きます。理解者であるマシュ−の死は、季節が輝きはじめる春6月のできごと。
アンが新しい人生に立ち向かう決心をするために、作者はマシューの死をは春を、それも水仙の咲く6月を選びました。これは必然だったとも思えます。
 

作者・モンゴメリは日記(April 15, 1914)に、
「庭の花では子供の頃ジューンリリーと呼んでいた白水仙が、野の花ではシューンベルが一番好き」と書き残しています。まず
 白水仙が咲き、夏が長けるに従いシューンベルが地面にみっしり咲き揃う。このうえないう喜びだったことでしょう。想像に難くありません。

ウィリアム・ワーズワース (1770-1850) イギリスの代表的なロマン派詩人であり、湖水地方をこよなく愛し、自然讃美の詩を書きました。 作者もおそらく愛唱したことでしょうね。
水仙の群れの詩(The Daffodils) を引用します。   (『イギリス名詩選』 岩波文庫)

  The Daffodils

 I wander'd lonely as a cloud
  That floats on high o'er vales and hills,
  When all at once I saw a crowd,
  A host of golden daffodils,
  Beside the lake, beneath the trees
  Flutttering and dancing in the breeze.   

 Continuous as the stars that shine
  And twinkle on the milky way,
  They stretched in never-ending line
  Along the margin of a bay:
  Ten thousand saw I at a glance,
  Tossing their heads in sprightly dance.

  The waves beside them danced; but they
  Out-did the sparkling waves in glee:
  A poet could not but be gay,
  In such a jocund company:
  I gazed - and gazed - but little thought
  What wealth the show to me had brought:

  For oft, when on my couch I lie
  In vacant or in pensive mood,
  They flash upon that inward eye
  Which is the bliss of solitude;
  And then my heart with pleasure fills,
  And dances with the daffodils.
 

 


 
  「花は喜びに満ち、湖の波も踊る」
  
 詩に歌われた湖水地方・ウィンダミア湖
             (2012年6月)

冬の寒さの厳しいここ那須の地も、写真にあるように早咲きのラッパスイセンが雪の中花開き、長い冬を耐え、縮んでしまった心や体を慰めてくれるのです。