白くかぐわしい水仙       

  水仙  ジューンリリー(June lilyNarcissus (ヒガンバナ科スイセン属))   

      スイセンについてはこちらを

アンシリーズに描かれている植物についての探索を始めて5年あまりになります。冬の寒さの厳しい那須の暮らしが長くなるにつれ、春への希望を形にしたもの、明るさを象徴するものを心のうちに描きたくなってきました。私の場合それは水仙の白い花の姿をしていま す。 

地中海沿岸を原産地とする房咲き水仙が日本に流れ着き「日本水仙(Narcissus tazetta))と呼ばれているように、北米に到達して性質が変化していったのが、アンシリーズに咲く同じ系統の 園芸種名「Paper White」の白水仙。        (tazettaとは房咲きの意味)
アンの時代には水仙の代表的品種でした。春もやや長けて、さまざまな緑の色が混ざり合っている野にこの白い水仙が咲き乱れる様子は、その色の爽やかさもあって心惹かれる光景だったでしょう。

蝋細工を思わせる花びらが光を反射し、あたりに馥郁とした香りが立ち込めます。ペーパーホワイト種の水仙はアンシリーズの中で一、二を争う香りが強く印象的な花です。
ここは桃源郷なのかあるいは香りの園なのか。
香りに呼び寄せられるように身をかがめると五弁の花びらが鼻をくすぐり、副花冠が縮れて恥ずかしそうに内がわを向いています。私にとっての春の象徴が、ようやく咲きました。


この個体の副花冠は少し黄色味があるようです。咲き進むにつれて、副花冠まで白く変化していくのでしょう。

  Paper White」 名前の通り紙細工のような花。香りの高さは類を見,ません。

『赤毛のアン』には水仙が出てくる印象的なシーンがいくつかあります。
まず、マシューに諭されマリラと一緒に謝りに行ったアンを、リンド夫人が快く許す場面には。

 それから、ほしかったら、すみのところの白いゆりの花(white June lilies)をつんでもいいからね。」
          『赤毛のアン』第10章  アンのおわび

 アンが、ふくいくとした香りのただよう果樹園のほの暗い下かげから、水仙(white narcissi)の花束をかかえて現れた。    『赤毛のアン』第10章 アンのおわび 

ばら色のブリーディング・ハーツ、真紅の素晴らしく大輪の牡丹、白くかぐわしい水仙(white, fragrant narcissi)や、棘のある、やさしいスコッチ・ローズ、ピンクや青や白のおだまき草や、よもぎや、リボン草や、はっかの茂み、きゃしゃな、白い羽根のような葉茎を見せているクローバーの花床 ----- 
  『赤毛のアン』 第12章  おごそかな誓い(バリー家の庭の描写) 


島に受け入れられたアンの、コミュニティの一員となった喜びがこの白い花に象徴されています。それに理想的な庭とされているダイアナの庭にもこの水仙は当然のように咲き誇るのです。
 
白水仙(white narcissu)をかかえたアンが入口の階段のところに駆けつけてみると、マシュウがたたんだ新聞を手にして戸口に立っていた。その顔はへんにひっつれて灰色だった。
     『赤毛のアン』 第37章 死のおとずれ


しかしこの「白」は喪失さえも表象するのでした。マシュウの心臓発作に驚くマリラとアン。この朝、アンの手からこぼれ落ちた白い水仙の香りが部屋中に漂よっていたはずです。
文学は人の心を掘り起こすものだと考えます。香りが遠く秘められた記憶を呼び覚ますことがあり、深く閉ざされた精神を刺激して、あるいは前世を追憶するような郷愁さえ覚えるかもしれません。アンはこの香りに出会うたびに小さな痛みを感じ、マシュウを身近に感じ、思い出に浸ったことでしょう。アンがマシューのお墓に植えた白いバラにも共通する思いです。
 



では、アンが炉辺荘に植え込んだのは、どの色の水仙か、探ってみることにしました。
「ぼくは炉辺荘の庭のスイセンのことを考えている。この手紙が届く頃には美しいバラ色の空の下で咲き出しているだろう。スイセンは本当に前とかわらず美しい金色をしているかい、リラ?」
    『炉辺荘のアン』 1918年月 戦地にいるウォルターからの手紙より

こうあるから、炉辺荘にアンは金色の水仙も植えたことが分かります。おそらく白水仙よりひと月開花が早い種類を。寒さ厳しい島の春には、周囲に先駆けて咲く金色の水仙以上の喜びは無いでしょうから。

しかしこの手紙の続きには、
「僕には----ここのケシの花のように----血で赤く染まっているに違いない気がするのだ」。

「冬来たりなば春遠からじ」(If Winter comes, can Spring be far behind?) コロナ禍の中で
                                  2020.4.18 記