クローバー 

   クローバー Clover  マメ科シャジクソウ属

家の両側は、一方はりんご、一方はの大きな果樹園になっており、これまた花ざかりだった。
花の下の草のなかにはたんぽぽが一面に咲いていた。紫色の花をつけたライラックのむせるような甘い匂いが朝風に乗って、下の庭から窓べにただよってきた。
庭の下は青々したクローバー(a green field lush with clover)の原で、それをだらだら下ると窪地に出る。
                     『赤毛のアン』 第4章 「緑の切妻屋根」の朝

 (A huge cherry-tree grew outside, so close that its boughs tapped against the house, and it was so thick-set with blossoms that hardly a leaf was to be seen. On both sides of the house was a big orchard, one of apple-trees and one of cherry-trees, also showered over with blossoms; and their grass was all sprinkled with dandelions. In the garden below were lilac-trees purple with flowers, and their dizzily sweet fragrance drifted up to the window on the morning wind.

Below the garden a green field lush with clover sloped down to the hollow where the brook ran and where scores of white birches grew, upspringing airily out of an undergrowth suggestive of delightful possibilities in ferns and mosses and woodsy things generally. )

景色から音楽が聞こえてくるなら、アンが初めて迎えた朝の景色は、まさに音楽だったことでしょう。
「田園」、「四季のうちの春」、あるいは「モーツアルトのホルン」か。
幼いころから、貧困と労働にあえぎ、学ぶ喜びも閉ざされ、暗闇に手さぐりで歩み続けた。そんな生活を続けたアンでした。島の光景は闇を通り過ぎてやっと出合った「光」。闇を知るからこそ、光の輝きを身体全体で受け止めることができる----。
窓を開き、島の景色を目の当たりにした時、一瞬喜びに溢れたけれど、自分はこの家に必要とされていない、と思い起こすこの朝の描写は「喜びと悲しみは表裏一体」という人生の真理を知らされる、悲しさを伴ったシーンです。

北米の東側には、図鑑で見る限り16種のクローバーが繁殖しているようです。この場面で見られるのは、日本名をシロツメクサ(White clover)と呼ぶマメ科の多年草。日当たりを好み、地下茎を伸ばして繁殖します。

よく似た花にアカツメクサ(Red clover)、黄ツメクサ(yellow-flowered clover)があり、季節にこれらが入り混じって咲き乱れる様子はまるで花園です。

( カナディアン・ロッキー山中の湖畔のロッジで)



(アカツメクサ、キツメクサ、マンテマ、デージーなど。
カナディアン・ロッキーの山中)

   スイートクローバー マメ 科ハギ属 Sweet clover  Melilotus

もう一種類、作中にあって忘れてはならない特徴的なクローバーが、Sweet clover。
バーリー家の庭の描写に、こうあります。

「白い羽根のような葉茎を見せているクローバーの花床」( sweet clover white with its delicate, fragrant, feathery sprays)         『赤毛のアン』 第12章 おごそかな誓い
 

ここで、クローバーと訳出されているのは、上記のシロツメクサではなくて、マメ科ハギ属の多年草メリロットの白花(Melilotus alba)。マメ科の植物の特性として、土壌に窒素を固定する役割を果たします。
日本でも同属で野生化したものが見られ、その名もシナガワハギ。いかにも外来種がこぼれて咲いている場所にふさわしい名前ですね。
この白いメリロットは学名の”Meli” にあるように、ハチミツの香りがし、色違いのYellow sweet cloveと同じくバニラの香りさえ持つというのですから、驚きます。
牧草として知られ養蜂植物として有用。種子や花は香りづけに利用され、今では世界各国に帰化し、さまざまな場所で春から夏にかけて香りを振りまいているのでしょう。

カナディアン・ロッキーの山中、
     Jasperの駅前の広場で



黄色種 イスラエル、ガリラヤ湖畔の畑で

ところが、不思議なことがあります。
『赤毛のアン』第38章「道の曲がり角」村岡花子訳)で、アンがマシューのお墓からの帰りの場面に、原文にはこんな描写があるのですが。この部分は村岡訳にありません。

There was a freshness in the air as of a wind that had blown over honey-sweet fields of clover. Home lights twinkled out here and there among the homestead trees.
 

honey-sweet field of cloverとあるから、これは白いメリロット。
アンが大学を諦めるという苦しい決断をしたのち、感謝の思いと希望を持って将来を切り開く、爽やかともいえる心境に至る道筋を、メリロットの香りに乗せて表現 している大事なシーンですが、なぜでしょうか。
さらなる調査が必要なようです。

 追記  「空気はさわやかに澄み、クローバーの原から吹く風が穂の甘い香りを運んできた。 」
        (村岡花子訳改訂版にはこう訳されています)(2024.7.28記)

    ○ いつか地にその色重ねしろたへのメリロットならむ玻璃の風吹く  (Ka)

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