アンの植物物語Tへ     アンの植物物語Uへ       アンの植物物語Vへ                    

 アンの植物物語 目次へ 
   オーロラを見た 夜に     石の家のおはなし ライン河畔のビンゲンを旅して
 Anne with an “E”
 『アンと言う名の少女』を観て
    『赤毛のアンから黒髪のエミリーへ』拝読して
 アンが振り下ろした石板は
 はじめに ----- 「大地には人格がある」とモンゴメリは言う。

『赤毛のアン』は、島の美しい自然の描写から始まる。そして最終章もまた。
貧しさと孤独のなかに生きてきた小さいアンが、自分の属する場所を求め続け、心の放浪の時期を経てようやく出合えたのがグリーン・ゲイブルス。

ひとは、他人を愛することができてはじめて、自己の存在を認め成長できる。  愛とは、命を温めあうことであろうか。マシューとマリラ、この二人の家族に愛されて、アンは足下の地面に「自分」という杭を打ち始め、自立への道を歩むことができた。
その成長を側面から支えてくれたのが、家族やアンを取り巻く人々。そして島の自然や風土。

植物とは、落ち着いたもの、定まったものの暗喩。モンゴメリの、故郷を愛する思いと家族への帰属意識の表れ。
土の中から約束されたものが芽生えるその喜びと確かさが、アンの存在を支え、アンは自分の足で立つ準備をする。
樹や花に、生きることを支えられてきたアン。
他者と共にどう生きていくか、この命題に沿って、以後の作品にも所属する場所が題名に付くのが印象的である。

周囲の自然に支えられていた時代のアンと、他者を必要としていた時代のアンと、他者から必要とされる存在にまで成長したアンと。この時代の変遷は、植物が登場する頻度の変化に見られる。アンが生活を確実にしていくにしたがって、自然の描写が少なくなっていき、人生に立ち向かう『夢の家』では、樹木や花よりも、海、嵐、空、夕焼けといった、より強力な自然描写が続いていく。
 
   ある場所を描く言葉が、その場所の本質を捕えた時、その光景は古びない。
   「私の魂と自然の間に一枚ベールが降りているように思える。これがいちばん耐えがたいこと。」
                             モンゴメリ日記より(1897.4.25)

次に、なぜ日本人に『赤毛のアン』をはじめとするモンゴメリの作品が受け入れられ、現在に至るまで愛読されるのかを考えてみたい。さまざまな理由が挙げら れる。

原作の魅力が一番であろう。男の子に負けず、努力し続けるアン。活発で意志が強く、身体的劣等感を持つも、成長するにしたがって人並み以上の容貌を手に入れ、家族や友情、身辺の美しいもの、心を支えてくれる自然、優秀な頭脳とすべてを持つアンの成長に、読者は我が身を重ねあこがれる。
しかし、アンにはなれない。
ほとんどの読者はアンの親友のダイアナの人生を送るように運命づけられている。
結婚を自己目的化するに従ってアンの物語 の魅力が薄れていくのは、そのせいではないだろうか。

『虹の谷のアン』あたりから、アンの出番は少なくなってくるが、その代わり周囲の人物の個性が際立ってくる。
ひとりの人間の存在が現実味を増し、陰影に富み、読者が身近に感じることのできる人物描写がなされている。

マシュゥとマリラの家庭のなかでの対等性も挙げられよう。性別役割分業が行われているものの、父権主義に偏る部分が少なく、 村の生活を運営しているのは、主婦=女性であることから、女性の仕事が高く評価されていることも重要な点。

ついで、アンシリーズを紹介した村岡花子の訳が優れていたこと。村岡訳の清新で香り立つ文章は日本人の琴線に触れる表現であり、原作に心を吹き込んだ訳が受け入れられた。いまも古びていない。

さらに、宗教観に共通する部分があることも無視できない。日本人の汎神的な感覚は、自然の命を重んじる。
神は人間を包み、自然の中にもあって小さな花・・・植物さえも含む命の象徴だと感じるのが、普通の日本人の感覚であろうか。

読者は、「花には魂がある」、「スコッチローズが天国でマシューを迎えてくれる」、「スミレやさんざしは去年の花の魂」とアンが語るのを素直に受け入れ、地霊や妖精の存在を信じるスコットランドの風土の影響もあ り、全体が日本人の感覚に合うのではないか。
さらに、長老会派の質素、簡素、清楚、勤勉、正直、努力を旨とする教えと、日本人の感性が合うことも挙げられよう。

今回の調査は『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)と、『アンの青春』(Anne of Avonlea)を中心に、原作に描写された植物、特に樹木と花について行った。
この二冊を中心に据えたのは、作者が処女作+次作として発表したもので、モンゴメリの植物観、自然観が一番表現されていると考えたからである。
過剰な装飾や表現は、作品が二流のものになるという危うさを内包するものの、自然の描写が美しく、島の美しさが行間から匂い立つようだ。

原作の中の植物そのものの画像、あるいは日本の身近な同属の植物の画像と、原文と訳文を通じて、風土を蘇らせるささやかな試みである。
植物の存在を通して、人間の普遍的な思いをいささかでも感じることができたなら嬉しい。
なお、他のアンシリーズやエミリーシリーズの作品にも言及したことを言い添える。

  特に説明のない限り、引用した訳文は、村岡花子訳 新潮社刊を参照した。  
  印は原文と訳文からの引用

『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)と、『アンの青春』(Anne of Avonlea)の二冊に出現する植物は、約95種類前後で、同じ植物を別名で表記したり、作者が自分だけに通用する名前で描写したりしたという例もあることから、確定できない。
初期二作に、名前が出てきたすべてをカウントした結果は下記の通り。
出現順の多い順 (植物名はカタカナ使用)ツタ以下略

リンゴ   41 モミ 40 バラ 39 カバ(含シラカバ) 28 サクラ  22
エゾマツ 20 イチゴ水  15 カエデ 18 シダ  18 スミレ    16
サンザシ  13 スイセン  13 ポプラ 10 ブナ  9 ヤナギ   8
スモモ・アンズ・プラム (6+4+5) ジャガイモ  7 ツタ    6

まず、周囲に大きな自然ありき。
保護される存在のアンの、日々の暮らしの中の樹木や花の順に出現数が多いのに気づく。
この内容がどのように変化していくか、さらに、調査を進め ていきたい。                                 
                                   2015年4月

    このページのトップへ

参考文献  URLなど

『赤毛のアン』   村岡花子訳   新潮社

『アンの青春』   村岡花子訳   新潮社

『アンの愛情』    村岡花子訳   新潮社

『アンの幸福 』   村岡花子訳   新潮社

『アンの夢の家』  村岡花子訳   新潮社

『炉辺荘のアン』  村岡花子訳   新潮社

虹の谷のアン    村岡花子訳   新潮社

『『アンの娘リラ』   村岡花子訳   新潮社

『アンの青春』    松本侑子訳   集英社

『赤毛のアン』    松本侑子訳   集英社

『赤毛のアン 世界文学の玉手箱 5』  曾野 綾子   河出書房新社

完訳赤毛のアンシリーズ 赤毛のアン 1』   掛川 恭子訳    講談社

『赤毛のアン』  谷詰 則子訳   篠崎書林

『アンの青春』  谷詰 則子訳   篠崎書林

赤毛のアン』   谷口 由美子訳   集英社

『赤毛のアン』   西田佳子訳訳   西村書店

『アンの想い出の日々(上下)』   村岡 美枝訳   新潮文庫

『マリゴールドの魔法』(上・下) 田中とき子訳 篠崎書林
『青い城』     谷口由美子訳 角川文庫
『丘の上のジェーン』 村岡花子訳(新潮文庫 ) 木村由利子訳(角川文庫)
『銀の森のパット』 (上下) 田中とき子訳 篠崎書林
『スト―リーガール』 (上下)木村百利子訳 篠崎書林

『モンゴメリ日記〈1897~1900〉―愛、その光と影』
         
L.M. モンゴメリ (), メアリー ルビオ (編集), エリザベス ウォータストン (編集) 桂 宥子訳

『モンゴメリ書簡集』   ボルジャー/エバリー編   宮武潤三/宮武順子訳    篠崎書林 

『険しい道-モンゴメリ自叙伝-』   モンゴメリ   山口昌子訳   篠崎書林
『赤毛のアン』 岸田衿子訳 朝日出版社
 
 

『腹心の友たちへ』    村岡花子   河出書房新社

『「赤毛のアン」の生活事典』   テリー神川   講談社

『赤毛のアン・夢紀行』   NHK取材班   日本放送協会

『イギリス・カントリー四季物語』   土屋守   東京書籍

『「赤毛のアン」の故郷へ』   掛川恭子   講談社カルチャーブックス

『プリンス・エドワード島』    近藤三千雄   篠崎書林

『誰も知らない赤毛のアン』    松本侑子  集英社

『赤毛のアンへの旅 秘められた愛と謎』   松本 侑子   日本放送出版協会

『赤毛のアンのプリンス・エドワード島紀行』   松本 侑子著   JTBパブリッシング

『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』   松本 侑子   集英社

赤毛のアンの翻訳物語』     松本 侑子・鈴木 康之著   集英社

『村岡花子と赤毛のアンの世界』   村岡 恵理   河出書房新社   2014年4月

『東大の教室で『赤毛のアン』を読む』     山本 史郎   東京大学出版会

『赤毛のアンの島へ』 吉村 和敏写真    山内 史子文  白泉社

『赤毛のアン」が教えてくれた大切なこと 心の友だち   茂木 健一郎著   PHP研究所

『村岡花子と赤毛のアンの世界 生誕120年永久保存版』   村岡 恵理責任編集    河出書房新社

図説赤毛のアンANNE'S CANADIAN LIFE』   ふくろうの本  奥田 実紀著   河出書房新社

『花子とアンへの道』    村岡恵理 新潮社  2014年5月

『赤毛のアンの世界-作者モンゴメリの生きた日々-』   モリー・ギレン 中村妙子訳  新潮文庫

『運命の紡ぎ車 –L・Mモンゴメリの生涯−』     宮武潤三/宮武順子訳   篠崎書林

『「赤毛のアン」の島で 名作を生んだ作家の伝記』    奥田 実紀   文渓堂

『「赤毛のアン」の秘密』     小倉 千加子   岩波書店

赤毛のアン 完全版』    山本 史郎訳   原書房

『<赤毛のアン>の素顔 L・M・モンゴメリー』 メアリー ルビオ エリザベス ウォータストン 
                               槇朝子1996年
3

『赤毛のアンを探して』 中井 貴惠 角川書店

赤毛のアンに出会う島 プリンス・エドワード島の四季』   嶋田 宏一   吉村 和敏写真  金の星社

『やっぱり赤毛のアンが好き』   松本 正司   世界文化社

『「赤毛のアン」の挑戦』   横川寿美子   宝島社

『 「赤毛のアン」の故郷へ いまよみがえる「アンの世界」』   掛川 恭子  吉村 和敏写真  講談社

『「赤毛のアン」ノート 夢みるあなたへの贈り物』   高柳 佐知子   大和出版

夢みるアンの島 吉村和敏写真集』   吉村 和敏   篠崎書林

『赤毛のアンのカントリーノート』   塩野 米松  求竜堂

『 赤毛のアン・夢紀行 魅惑のプリンス・エドワード島』   NHK取材班  日本放送出版協会

『旧約聖書』    雨宮彗  ナツメ社

『イエス・キリストの物語』   中野京子  大和書房

『モンゴメリーの「夢の国ノート」』   高柳佐知子  大和出版

『村岡花子』KAWADA夢ムック 文藝別冊 河出書房新社  村岡恵理監修

ビアトリクス・ポターを訪ねるイギリス湖水地方の旅』   北野佐久子  大修館書店 2013年4月

『カナダの歴史を知るための50章』 細川道久編集 明石書店 2017.8 カナダ連邦結成150周年記念
『赤毛のアン』桂宥子 白井澄子編著 ミネルヴァ書房
ストーリー・オブ・マイ・キャリア』 LM・モンゴメリ著 水谷利美訳 柏書房
『カナダ史』木村和夫編 山川出版社
『カナダ歴史紀行』 木村和夫 筑摩書房
『カナダの謎』 平間俊行 日経ナショナルジオグラフィック 2019.4.22
『英米児童文化55のキーワード』白井澄子、笹田祐子著 ミネルヴァ書房
『楽しい川辺』  K.グレアム 西村書店
『快読 『赤毛のアン』 菱田信彦 彩流社 2014.5.25
『翻訳書簡『赤毛のアン』を巡る言葉の旅]』 上白石萌音 河野万里子 NHK出版 2022.7.25
 
 

『野草の名前 春 夏 秋冬』    高橋勝雄  山と渓谷社

『ハーブ』 朝日新聞社刊

『草木染染料植物図鑑』   山崎青樹  美術出版社

『万葉植物事典』 北隆館

『スイスアルプスの花を訪ねて』   小島潔 山と渓谷社

『日本の帰化植物』   清水建美 平凡社
『英文学のための動植物事典』   ピーター・ミルワード  中山理訳  大修館書店

『花おりおり』   湯浅浩史 矢野勇  朝日新聞社

『知」のビジュアル百科 3   デヴィッド バーニー著 中村 武久 日本語版監修  あすなろ書房 2014/07/06

『新装版山渓フィールドブックス 13 秋冬編 』   永田 芳男著  山と渓谷社  2014/07/06

『新装版山渓フィールドブックス 12 春夏編 』   永田 芳男 著 山と渓谷社 2014/07/06

『よくわかる樹木大図鑑 葉 花 実 樹皮』   平野隆久著  永岡書店

『日本の樹木』  山と渓谷社  2011年12月

『葉によるシダの検索図鑑』   阿部正敏  誠文堂新光社 1996/7

『しだの図鑑』   光田重幸 保育社

『マリー・アントワネットの植物誌』  エリザベット・ド・フェドー著  川口健太訳  原書房

『鉢植えでも楽しめる 物語と伝説の植物』   榛原秋矢  新紀元社 2014

『世界の植物』 10 朝日百科

『植物の世界』 12 朝日百科

『世界史を変えた50の食物』 ビル・プライス 原書房
『カナダ歴史街道をゆく』 上原義弘 文芸春秋
『身近にある毒植物たち』 森昭彦 サイエンス・アイ新書
『身近な木の実・タネ』 多田多恵子 実業之日本社
『赤毛のアンとハーブのある暮らし』 竹田久美子著 BABジャパン
『100分de名著 モンゴメリ 赤毛のアン』 NHK出版 茂木健一郎
『シェイクスピアの花』 安部薫 八坂書房 1997年
『カナダの謎』  平間敏行 日経ナショナルジオグラフィック
『街道をゆく 愛蘭土紀行T U』  司馬遼太郎 朝日新聞社
『ビアトリクスポターが愛した庭とその人生』 マルタ・マクドゥル 宮本陽子訳 西村書店
『シンボルから読み解くカナダ』 マイケル・ドーソン他 細川道久訳 明石書店
 

Wildflowers of Prince Edward Island

『The Plants of Prince Edward IslandAgriculture Canada』

Field Guide to Wildflowers: Eastern Region

Wildflowers of Britain

Wildflowers of Britain pan books』

Field Guide to North American Wildflowers: Eastern Region

http://www.gov.pe.ca/photos/original/PEIwdlndplants.pdf >

 http://www.gov.pe.ca/forestry/index.php3?number=1006017  >

 
 
 

アンの植物物語T     アンの植物物語U       アンの植物物語V