でも穏やかな黄金色に染まる夕映えに浮かぶ姿は美しくもあり、物悲しくもあった。 廃墟の庭に、また苔むした墓石の上に咲くブルーベル
も印象に深く残った。
The
Alpain Path 『険しい道』
山口昌子訳
(But
in that mellow, golden-gray evening light it was
beautiful enough, beautiful and sad, with the little
bluebells growing in its ruined courts and over its old
graves. )
August 6, 1912 (正しくは1911年) |
* 2020.4.30 追記
この日誌の部分の前にこんな表現があります。モンゴメリが祖母の故郷を訪問し、強い印象を受けたことが見て取れるシーンです。
スコットランドのブルーベルの特に美しいこと。まるで古いロマンスから抜け出してきたようにも見える。
(Scottish bluebells are certainly the sweetest
things! They seem the very incarnation of old
Scotia's romance.) July 30,
1912 (正しくは1911年) |
|
ではモンゴメリに特別な思いを抱かせたそのブルーベル(Harebell)とは、一体どのような花なのか、詳しく見てみます。
『Field
Guide to Wildflowers: Eastern Region』
には、
「岩場やがけ、草原や海岸に生える。生えている環境によってその性質が変化している。アメリカ東南部を除く北アメリカに全域に生息する」とあり、
『Wildflowers
of Britain pan books』には、Harebellについて
「Scottish Bluebell の別名を持つ。乾燥した土地、草原、砂丘、路辺に生える。東アイルランドやイギリス南部、コーンウェル州、デボン州
ではめったに見られない」と書かれてあり、
『Wildflowers
of Britain
』には、
「夏の爽やかな風に揺れる細長い茎の先に咲くHarebellの薄青い花は、道行く人の目に色鮮やかに映る。この花こそがスコットランドの
Bluebell であり、民間伝承によると、魔女の指抜き 妖精の鐘、あるいは老人のベルなどと
さまざまな名前を持っている。
Harebell(Campanula
rotundifolia)という正式な名前を持
つにもかかわらず、スコットランドでは
単にBluebell の名前で知られている。この花は茎の先端にぶら下がり、下向きにうなずくように咲いていて、花後、熟した果実は立ち上がり細い茎を風に揺らせ
ながら種を飛ばし、その繁殖地を広げていく」とあります。
説明文の「この花こそがスコットランドのBluebell
」の部分に、いかにもスコットランドの人たちに身近で愛され続けている花だと思わせてくれるのです。
日本人の感覚で想像すると、春のすみれ、秋の萩のように。
* さらに追記 2020.4.30
恥ずかしいことです。字面の「Bluebell」に引かれてすっかりSpanish
bluebellのことだと勘違いし、何年も間違った画像をアップしていました。どこでどう間違えたか、われながら頭の中を探ってみたい----。 右下がイングリッシュ・ブルーベルの画像 |
イングリッシュ・ブルーベルの花は春の盛りのやや前に咲くので、『アンの青春』第17章の、モーガン夫人を迎える頃には
見られません。
イングリッシュ・ブルーベルはすでに絶滅が危惧され、指標生物(ancient woodland
indicator
species)とされています。DNAがよく似たスパニッシュ・ブルーベルに追いやられ、あるいは交雑してしまうからです。 |
|
もう一つ、夜も眠れないほど気になって仕方ないことがあるのです(笑)。
同じ旅行日誌『The Alpain
Path』の中にこう言う記述があります。すでに夏の終りに近いころのこと。この花もやはりBluebellと考えていいのか?
「キャベンディッシュの
昔の家の果樹園
以外には見かけたことのない小さな青い花が、廃墟のいたるところに咲き乱れていた。キャヴェンディッシュのその花は曾祖母
のウールナーが祖国イギリスから持ってきたものだったのだ。この花をいま見ながら私は苦痛と喜びが混じりあった奇妙な気持ちに浸っている。キャヴェンディッシュにいま咲き乱れている花と同じものが、時代を異にするスコットランドの荒れ果てた古城の跡に咲いているのだ。
(Growing
all over the grounds was a little blue flower which I never saw
anywhere else save in the front orchard of the old home in
Cavendish. Great-grandmother Woolner had brought it out from
England with her. It gave me an odd feeling of pain
and pleasure mingled, to find it growing there
around that old ruined Scottish castle which seemed
to belong so utterly to another time and another
order of things.」 August
20, 1912 (正しくは1911年) |
モンゴメリにこうまで言わせた花は同じ「Scottish
Bluebell 」なのか。
『アンの青春』のブルーベルは、モーガン夫人を迎えるのにアンとダイアナが切り取って飾ったとあるので、グリーンゲイブルスの近くに繁殖している花なのでしょう。ただ、
上にある新婚旅行の記録によると、「昔の家の果樹園」以外では見ないとあります。「小さな青い花」とわざわざ書いてあるので、
離れればよけいに思いが募る故郷の島と自分に繋がる祖国との間にあり、時空を超えて心に響く花=Scottish
Bluebell ではない可能性もあります。
作家は、文章表現において同じ言葉、言い表しを使うことを嫌います。ですけど7月30日と8月6日に書いた花の名前をわざわざ書かなかった可能性もあります。(ちゃんと書いてください、お願い)
「あの花よ、分かるでしょう」というモンゴメリのほくそ笑む顔が見えるよう?
ここは消去法でいきましょう。
次の日の記録に「収穫の秋色で満ちている」という記述があります。8月20日はもう秋に近い季節なのです。その時期に見られる「
a little blue flower 」の候補として、
1)フウロソウ ----- これはどこでも生えて繁殖します。「果樹園以外に見たことがない」に反します。
それに少し花期が遅いような。
2)Bluebell(Harebell)---- 8月20日
に見られるか---7月が最盛期、花の時期にはすこし遅い。
疑問が残る。
3)マツムシソウ ------ 夏の終りから秋の初めに咲く。これが一番かな。
4)イワギキョウ ------ これも夏の最盛期に咲く
5)リンネソウ ------ 同じく夏の最盛期に咲く花
6)ヒースだ!
「曾祖母のウールナーが祖国イギリスから持ってきた」。(プラントハンターのイギリス人の面目躍如です)
島では特定の場所でしか見られなかった、繁殖には時間がかかる、花の時期が夏の終りから秋にかけてで、小さい青い花が咲くことから、これは「ヒース」かもしれません。でもヒースを「花」と表現するか?
憶測で物を言っても仕方ありません。ヒースが島に、特にキャヴェンディッシュに生息し、秋の初めに花を咲かせているのか、これはいま、確認しようもありません。他に「小さい青い花」が存在したのか。
モンゴメリは、苔やブルーベル、ジューンベルと書き表しているリンネソウのような小さくて地面を覆うような植物が大好きだったよう
です。
ああ、ますます眠れない。でも面白い。
*
更にさらにさらに追記 2020.5.10
ここはとっておきの手を使います。お忙しい方なのでお願いするのが心苦しく、これは本来禁じ手なのですが。
緑の探索指をお持ちの尊敬する友人K.Y.さんの力をお借りすることにしました。
「曾祖母のウールナーが祖国イギリスから持ってきた」、「キャベンディッシュの
昔の家の果樹園 以外には見かけたことのない小さな青い花」は、
ご意見その1 Harebellではないと考えます。
思い返せばそうでした。スコットランドのブルーベルの美しさを述べているのに、次の日記で単に「小さな青い花」とは書かないでしょうから。
ご意見その2 ヒースでもないでしょう。なぜなら1911年8月20日の日記の記述の後、「Norham
Castleを訪ねた翌週にはブロンテのHaworthも訪ねてるのに、あの有名な大地のことには何も触れていません。」「はっきり名前を書かなかったのは、酷暑の中観光して歩くのですから、疲れもあったかもしれません。」とのこと。
ご意見その3 「PEIの7−9月に島ではChicoryが咲くそうです」
「Canada
Thistle」は? ヨーロッパからカナダへ入ってきたらしいから。
ヨーロッパの草原で時々見かける花チコリは、なるほど青く小さな花が咲きますが、キク科で夏に咲く花だけあって背が高くひょろひょろと育ちます。(花そのものはとても美しい。見つけると感激するくらい)
小さくて風に揺れるような花-----モンゴメリが好きな花のイメージと違うような気がしますね。
Canada
Thistle=セイヨウトゲアザミはその姿がおどろおどろしい。『赤毛のアン』にアザミの名前が好きではない、という場面があるくらいなので、この花を見て感慨を覚えることはないと思います。
上記のYさんに何かをお尋ねすると、今まで自分が考えていたことと違う方向のアドヴァイスを頂けて、全く新しい視点が開けます。ありがとうございます。
こうなればわ「分からない」ことを楽しむしかありません。ますます眠れない夜が続きます。(笑い)
* さらにさらにさらに追記 2020.5.13
また考え方がずれていたようです。モンゴメリが「感慨を覚えた花」ではなくて、「書きとどめるのに気後れする花」と考えると平仄が合います。それは何か?チコリでした。
チコリはご存じのようにサラダの材料ですね。曾祖母のウールナーは、新天地でも故国の味を楽しめるようにチコリの根っこを持って船に乗ったと考えると、すべてがピタリと当てはまります。
牛蒡・ゴボウの主根を短く太くしたような根はそのまま保存がききます。うす暗い中に置いておくと軟弱な葉が出てくる、それを料理に利用する。そうあのおしゃれなチコリ!
曾祖母のウールナーは、キャベンディッシュの 果樹園 にこれを植えたのかもしれません。それを曽孫娘のモンゴメリが見ていた。
ここからはガーディナーの精神構造に入り込んでみます。
庭に、例えば今の季節にタンポポや菜の花、ムラサキハナナと言った植物が生えているとそれを自慢に思うか? いいえ。横目で見て、あぁとため息をつくばかり。
反対にチューリップが逃げ出して田んぼの畔にかたまりで咲いていると美しいと感じるか? いいえ。あぁとため息をつき見て見ないふりをする。---のでした。
野草も食用の花ももちろん美しい。しかし植物が置かれるのに縄張りがあり、雰囲気にふさわしい場所を選ぶと言ったところでしょうか。
これと同じことがモンゴメリに起きたのかもしれません。時空を超えて存在するもの、曾祖母と自分との血のつながりを思うと、この小さい紫色の花は特別な思いを抱かせてくれる、しかし食用の花だ---と。
いやぁ、こんなに単純な思いを抱いたわけではありませんね、旅先のモンゴメリは。
いま、私の気分としては、チコリ70%、マツムシソウ20%、はてな? が残りの10%でしょうか。
庭に色々な色のオダマキが咲き始めました。