黄色いポピー 

  黄色いポピー Yellow  Poppy
 
   どんな小棚にもほたるぶくろa sheaf of bluebells))が挿してあり、炉格子の暗い両隅には燃えるような黄色いけし(aflame with yellow poppies.)をもりあげた壺が飾ってあった。 
       『アンの青春』 第17章  待ちあぐねた日

 (
Every shelf of the what-not held a sheaf of bluebells; the dark corners on either side of the grate were lighted up with jars full of glowing crimson peonies, and the grate itself was aflame with yellow poppies.

ここで引っかかりました。黄色いポピーが燃えるように咲くのか?
開いたばかりのポピーが何本も壺に活けてある ・・・ ひそやかな風に揺れると、黄色い波が押し寄せ、揺れ、引くように見えるのかもしれません。
 

候補になる植物は、

(1)    英名を ウェルシュ・ポピー(Welsh poppy Meconopsis cambrica ))ケシ科メコノプシス属の耐寒多年草。花色は黄色、たまにオレンジ色、園芸品種には朱色の花も。メコノプシス属の植物は、ほとんどヒマラヤや中国、チベット自治区などアジア高地に自生するのに対し、このウェルシュ・ポピーはアイルランド、イギリス南部、フランス西部、イベリア半島北部などに自生します。イギリスのくウェールズ地方で多く見られるため、英名は Welsh poppy 。移民者によって島に持ち込まれたのかもしれません。栽培は容易。同じメコノプシス属で、ヒマラヤ原産である、ヒマラヤの青いケシ(メコノプシス・グランディスMeconopsis grandis Prain) が良く知られていますね。

(2)    クサノオウ (ケシ科クサノオウ属 Rock Poppy  Stylophorum diphyllum

(3)    アイスランドポピーの黄色いタイプ (シベリアヒナゲシ ケシ科ケシ属 Papaver nudicaule

     (1)ウェルシュ・ポピー(Welsh poppy)
   イギリス、コッツウォルズで
 

    (2) クサノオウ  (Rock Poppy )
  
の王・くさのおう 湿疹、できものに効果的



    (3) アイスランドポピー



   (1')  ヒマラヤの蒼いケシ

 追記
 2018年6月8日
この「アンの植物物語」を書くに当たっては、新潮社刊の村岡花子訳を参照しています。
ところが、最近気づきました。上記原文は以下の通りですが、
(Every shelf of the what-not held a sheaf of bluebells; the dark corners on either side of the grate were lighted up with jars full of glowing crimson peonies, and the grate itself was aflame with yellow poppies.)
 
(--- the grate were lighted up with jars full of glowing crimson peonies,---)が訳出されていないのです。
村岡訳のこの部分の続きを読んでみましょう。
(All this splendor and color, mingled with the sunshine falling through the honeysuckle vines at the windows in a leafy riot of dancing shadows over walls and floor, made of the usually dismal little room the veritable "bower" of Anne's imagination, and even extorted a tribute of admiration from Marilla, who came in to criticize and remained to praise.

この色とりどりの花のにぎわいに加えて、窓にからんだ忍冬のつるのあいだから光線が差し込んで、壁や床の上に踊りまわる葉かげを投げ、平生は暗いこの小さな部屋を、アンが想像のうちにえがいていた「あずまや」に変えた。なにかしら痛い批評をしようとのぞきに来たマリラでさえ、そのまま足をとめて賛辞をもらしたほどであった。
・赤い芍薬の部分が訳されていない。なぜか。
・しかし、初夏の陽が差し込んだ部屋に光が揺らめき輝いているからこそ、その光を受けて黄色いポピーが「燃えるような」と表現されたのだろう、と考えてみることにしました。 (村岡ファンとして)

さらに、深読みするとこうなのです。
大きな赤いしゃくやくとならんだ白水仙(white June lilies she calls narcissus)と言った感じですね。(ダイアナとルビーとアンの三人を比較してのリンド夫人の言葉)
          『赤毛のアン』 第30章 クィーン学院の受験
 (But somehow--I don't know how it is but when Anne and them are together, though she ain't half as handsome, she makes them look kind of common and overdone-- something like them white June lilies she calls narcissus alongside of the big, red peonies, that's what." )
・リンド夫人が白水仙にたとえたアンが、部屋の飾りつけをするのに「大きな赤いしゃくやく」はふさわしくない、と訳者が思った。(考えすぎか---)
 
他の訳文を読んでみます。
 
松本侑子訳では「暖炉の火格子の両側の暗いところは、目の覚めるような赤いシャクヤクが花びんにいっぱいで、ひときわ華やかだ。火格子にも燃えたつように輝く黄色にポピーが飾られている」とあり、

谷詰則子訳には「飾り棚の暗い両隅は、つぼにぎっしりさされた燃えるように赤いシャクシャクで照らされていた。そして飾り棚自体は、黄色のケシで燃え立つように輝いていた。
この輝きと色のすべてが、窓をはうスイカズラのツルの合い間から差し込んで壁や床に乱舞する葉影を落としている日光と混じり合い、普段は陰気なこの小部屋をアンの想像通りの「東屋」に変え、マリラから賛辞を奪い取った。 (谷詰訳はやや 硬いな---私見)

なるほど。
原文を解読する力の無いわれわれ(私)にとって、「翻訳者」というフィルターを通して作者の思いを感じ取るしかないのか、と思わされた一件でした。
村岡訳には、意図してかあるいは恣意が働いたのか、今回のようにほんの一部分を略してあるのではなくて、大きくすっぽり抜け落ちていることもあり(例、『赤毛のアン』最終章)、さらに調査が必要なようです。

集英社刊 『アンの青春』 松本侑子訳  2001年10月30日第1刷
篠崎書林 『アンの青春』 谷詰則子訳  平成2年9月20日初版
    クリムゾン色の芍薬はこんな色?