トウヒ     

  エゾマツ  トウヒ (スプルース Spruce (Picea) )マツ科トウヒ属

Spruceは北半球の温帯から亜寒帯にかけて30種以上が分布するマツ科トウヒ属の常緑針葉樹の総称。
島の林相を形づくる樹木としては、トウヒ(村岡訳ではエゾマツ)、モミ、シラカバ、カバ、サクラ、カエデなどがありますが、そのなかでも抜きんでて印象的なのが、このエゾマツ(トウヒ)。
日本のエゾマツはカナダには自生しませんが、Spruceがトウヒ属に含まれることから、村岡訳シリーズでは、Spruceはエゾマツと訳出されています。

プリンス・エドワード島には三種類のSpruceが自生するとあります。(White spruce, Black spruce, Red spruce)。常緑の高木で、木々が並んで天を衝いている様子は美しく、カナダの林のなかで独特の存在感を持ちます。
樹形はまっすぐで、モミに似た細長い円錐形。
枝はふんわりと垂れ下がるように横向きに伸び、球果(コーン)が下向きにどっさりと着くことでそれと分かります。
生活のなかのさまざまな場面で利用された歴史を持ち、材木は建築用、造船用、燃料などとして有用。
 

 庭の下は青々としたクローバーの原で、それを ・・・・ 下草は、しだやさまざまな森林植物らしい。その向こうにはえぞ松(spruce)や桜で青くけむったような丘で、木の間に見える・・・・・                                                                    『赤毛のアン』 第4章 「緑の切妻屋根」の朝

 (Below the garden a green field lush with clover sloped down to the hollow where the brook ran and where scores of white birches grew, upspringing airily out of an undergrowth suggestive of delightful possibilities in ferns and mosses and woodsy things generally. )

 
男の子と女の子の何人かはほんの「ひとしゃぶり」する間だけのつもりで、いつものようにベルさんのえぞ松の林(spruce grove)に出かけて行った。しかしえぞ松の林(spruce groves)は魅惑的だし、黄色いガムのかたまり(nuts of gum)はあとをひいた。かれらはガムを集めたり、ぶらぶら歩きまわったりした。
          『赤毛のアン』 第15章 教室異変

All the boys and some of the girls went to Mr. Bell's spruce grove as usual, fully intending to stay only long enough to "pick a chew." But spruce groves are seductive and yellow nuts of gum beguiling; they picked and loitered and strayed; and as usual the first thing that recalled them to a sense of the flight of time was Jimmy Glover shouting from the top of a patriarchal old spruce "Master's coming." ) 

 「『お化けの森』(The Haunted Wood)だって?気でもちがったのかい、『お化けの森』とはいったいなんのことなのだね」「小川の向こうのえぞ松の森(The spruce wood」のことなの」とアンは声をひそめた。・・「ダイアナとあたしで、あの森にお化けが出ると想像しただけなの。・・・すごくロマンチックなんですもの。・・・・                                      
                                『赤毛のアン』 第20章 行きすぎた想像力

 ("The Haunted Wood! Are you crazy? What under the canopy is the Haunted Wood?"
 "The spruce wood over the brook," said Anne in a whisper.
 "Fiddlesticks! There is no such thing as a haunted wood anywhere. Who has been telling you such stuff?" "Nobody," confessed Anne. "Diana and I just imagined the wood was haunted. All the places around here are so--so--commonplace. We just got this up for our own amusement. We began it in April. A haunted wood is so very romantic, Marilla. We chose the spruce grove because it's so gloomy.)

          
  カナダ・ロッキーの山中で 
   向こうはエディス山

  下に咲き乱れるのは、バターカップス

初めて見た島の朝の景色の背景としてアンの心を捕えたこのえぞ松は、以後ガムの入手先として、あるいは想像力の行き着く場所として登場します。
第20章での、バルサムの香りがする林の中の散歩はさぞかし「アロマセラピー」そのものだったでしょう。
ライスリリーの花を頭に飾ったアンが、時の経つのを忘れ、うっかり教室に遅れて入ったとしても、頷けますよね。
『可愛いエミリー』には、トウヒは「妖精の住家」に通じているという記述もあります。

  コーンは下向き   樹脂の塊りが垂れて

  小さな峡谷で偶然わたしたちは樹脂がたくさんついたエゾマツの木立に行き当たった。プリンス・エドワート島を離れてから初めて見る光景。わたしたちの村では「ガム」と呼ばれているエゾマツの樹脂を採る楽しみは、スコットランドではまったく知られていない様子。でも夫とわたしにとってはこの樹脂はとてもおいしいものなのだ。同行のM氏もA嬢も「にがい」と言って、二人の口には合わなかった。
                                                            

   Carlisle, August 20.1912

(
In the midst of the ravine we came upon a clump of spruce trees literally loaded with gum, the first I had seen since leaving home. Spruce gum and the delights of picking it seem quite unknown in Scotland. We spent a half-hour picking it. To me and my husband the gum tasted delicious, but neither Mr. M. nor Miss A. liked its flavor declaring it was 'bitter'. ) 

子供の頃に体験した出来事が、大人になってふと蘇ることがありませんか。そのきっかけは、風景、味、香り、だれかの声、動物の姿など。新婚旅行で、父祖の地スコットランドに旅したモンゴメリ夫妻は、懐かしい味に出合い、思わず島を思い出すのでした。

   『The Alpine Path』 (邦訳『険しい道』 山口昌子訳篠崎書林)より引用。

当然でしょう。 「思い出」という味付けがなされているのですから。
ためしに「Spruce gum, Canada」で検索してみると、いまでも市販されているくらいポピュラーなもののようです。
画像からは、ちょうどメープル・シロップを採るのによく似た方法で・・・ 幹を傷つけ出てきた樹脂分泌液を加工されているようですね。
子供のころ、松のヤニを口にして遊んだことがありますが、色は琥珀色でちょうどこのSpruce gumのようだったことを思い出しました。(どんな田舎だったのでしょう!)