万葉の植物 たく (たへ) を詠んだ歌
                              2012.12.29 更新

 
  
        ヒメコウゾ

   
たく (たへ)(万葉表記  多久 楮 妙 細 巾 細布 木綿 多倍)    コウゾ (クワ科)

たく(たへ)はコウゾ(クワ科の植物)で、ヒメコウゾとカジノキの雑種とされています。ヒメコウゾの別名をコウゾとする場合もあり、コウゾには楮の字を用い、カジノキには梶、構、榖の字をあてていますが、現物を見て識別するのはなかな か難しいものです。 
現代でも植物の名前は地方により違うことがあり、混同、あるいは混乱が多いようで、追っかけをしている私も頭を悩ますところ。
おおざっぱに、葉に切れ込みがあるのは楮、切れ込みが無いのは構(梶、カジノキ)」と考えることにします。
種別としては両者「楮」にまとめられていますから。
コウゾの果実は桑の実に似た集合果。夏に赤朱色に熟し甘みがあって食すこともできますが、舌触りが悪く積極的に食べたいものではありません。

『万葉集』では、たく(コウゾ)の皮から取っった長い繊維を「栲(たく)」と、言い表し、それを編んだものが「栲縄(たくなは)」で、「長い」を引き出す 枕詞として使われています。栲(たく)は楮の古名とされ、その繊維が丈夫なので、古くから衣類、網、縄、衾(ふすま)、領布(ひれ)などに用いられてきました。
「たく」で織られたものが「たへ」、特に美しいものは「しろたへ」と詠われています。
さらに、楮の皮の繊維を蒸して水にさらし、細かく割いて作った糸を木綿(ゆう)と言 い、神道の祭事に用いられる白い襷(たすき)や幣(ぬさ)に利用されます。現代の紙で作った紙垂(しで)に通じるものがありますね。

(「ゆふ」参照)この木綿(ゆふ)はいわゆる木綿(もめん・ワタ )とは別のもの。
「紙麻(かみそ) → 「かみぞ」 → 「こうぞ」と音便化に変化したとも言われ、古い時代から和紙の材料として貴重なものでした。コウゾの皮の繊維は麻の次に長くて、繊維が互いに絡み合い粘りの強い紙が出来上がります。
別名「紙の木」「山麻」、「黒麻」。

『日本書紀』には、610年朝鮮の僧が製紙技術を日本に伝えたとあり、コウゾも同時に渡来したと考えられます。
 
 春過ぎて夏来るらし白妙の衣干したり天の香具山              持統天皇 巻1-28
(持統天皇8年(694年)藤原の宮に遷った次の年の初夏、宮から東の方向に見える天の香具山を眺めが時の胸を衝く感動を表した歌。よくぞ壬申の乱から夫の死を乗り越え、ここまで来たものだ--。 王者の風格のある、力強く躍動感の溢れる歌。)

 沖つ波来寄る荒礒を敷栲の枕とまきて寝せる君かも  柿本人麻呂 巻2-222

 栲領巾(たくひれ)の懸けまく欲しき妹の名をこの背の山に懸けばいかにあらむ 丹比真人笠麻呂 巻3−285
 (栲領巾(たくひれ)を肩に懸けずに、この背の山に掛けて妹の名を呼んだらどうだろうか。文武天皇が紀伊行幸のおり、お供の 丹比真人笠麻呂が、背の山 を越えるときに詠んだ歌。紀ノ川の中流沿いに妹山、背山があり、その間を緩やかに河が流れています。言葉遊びをしながら大和に残してきたいとしい妻(妹)を思っています。)

 栲縄の長き命を欲りしくは絶えずて人を見まく欲りこそ        巫部麻蘇娘子  巻4-704
(「栲縄」のように長い命を欲するのは、あの方の顔をいつもいつも眺めていたいからです。この歌は作者・巫部麻蘇娘子
(かむなぎべのまそおとめ)が大伴家持に贈った歌。いい返事は返ってきそうにないような---。)

 
荒栲(あらたへ)の布衣(ぬのきぬ)をだに着せかてにかくや嘆かむ為むすべをなみ    山上憶良 巻5−901
(粗末な着物すら着せてやれない。ああなぜ。このように嘆かなくてはならぬのか。どうしてよいのか。「荒栲の布衣」とは粗末な衣類のこと。作者 山上憶良は当時老いの身(74歳)の上、長年の病で苦しんでいました。)

  この歌の前に、
   
 すべもなく苦しくあれば出で走り去ななと思へどこらに障りぬ   巻5-899
   
 富人の家の子どもの着る身なみ腐し捨つらむ絹綿らはも     巻5-900

(ああどうしようもない。いっそこのと死んでしまいたい---しかし、子供を置いては死ねない。富人の子供はあのように絹を着て暖かそうにしているのに。子供を思う悲愴な心がひしひしと伝わってくる歌群です。山上憶良にはこの時、歌に詠まれたような年齢の子供がいたのかどうか。庶民の苦しい暮らしを目の当たりにし、それを歌に詠んだとも考えられます。)

 水沫なすもろき命も栲縄の千尋にもが                山上憶良  巻5-902
(「
栲縄」は「長い」を導きます。 長生きしたいのですね、誰の為に、子供の為に?)

 馬並めて多賀の山辺を白栲ににほはしたるは梅の花かも          作者不詳 巻10-1859

 栲領布の白浜波の寄りもあへず荒ぶる妹に恋ひつつぞ居る        作者不詳 巻11-2822
栲領布」と「白波」との掛け合わせ。荒ぶる妹とは? 機嫌の悪いあの娘か。これは前途多難。)

 白栲の袖の別れは惜しけども思ひ乱れて許しつるかも          作者不詳 巻12-3182

 栲衾 (たくぶすま)白山風の寝なへども子ろが襲衣(おそき)の有ろこそ良しも    東歌 巻14-3509
(栲衾のような雪混じりのしらしらとした風が吹く、寒い。寒くて眠れない。「子ろ」(恋しい子)の上着を持っているので心なぐさめられる---恋しい娘と衣を交換したのですね。衣を交換することは、互いの愛情の証。幸せな思いで抱きしめるのでしょう。)

 
新羅に遺さえし使人等の別を悲しみて贈り答へたると 海路に情をいたみ思ふを陳べたる---。
 衾新羅へいます君が目を今日か明日かと斉(いは)ひて待たむ         作者不詳 巻15-3587   
  (「衾 」は白いことから、「新羅」を導きます。お会いできる日を慎んで待っていましょう。)