万葉の植物 ひる   を詠んだ歌
                             2012.5.13 更新            

 

    

   ひる  (万葉表記  蒜)       ノビル (ユリ科)

蒜は春の若菜の一つで、ノビル、ネギなどの古名。鱗茎と葉を食します。もともと蒜の字はニンニク(大蒜)のことですが、ネギ類の総称としても用いられています。
強い臭みがあり、生命力を蘇らせ若返らせる植物として摘まれ、呪力溢れたものとして古代から食されててきました。
『古事記』に、ヤマトタケルが荒ぶる神をひるを投げて打ち殺したとの記述があるように、悪霊を祓う力があるとされました。

ノビルは野生のヒル。漢名小蒜。全国の山野、田の畔などに自生する多年草。小さい球根を持ち、初夏花茎を伸ばして白味がかった紫色の花を咲かせ、地上部は夏に枯れます。春の一時を楽しむ春菜なのです。
花序にはむかごが付くこともあり、殖えていきます。ひるという名前は、口に入れるとヒリヒリ辛いことから名づけられたようです。昨夜ノビルを酢味噌で食してみましたが、一度茹でてから和えたので、それほど辛味は感じません。
毒虫に刺された時、鱗茎をすりつぶしてつける!
打撲傷にはすりおろしたノビルと小麦粉を練りあわせて湿布する! 
ひるについて調べていて、こんな知恵を授かりました。


  醤酢(ひしほす)に 蒜(ひる)搗(つ)きかてて、鯛(たい)願ふ 我れにな見えそ、水葱(なぎ)の羹(あつもの) 
                               長忌寸吉麻呂(ながのいみきおきまろ) 巻16-3829

長 忌寸吉麻呂(は、紀伊国那賀郡を本拠とする長氏の出で、東漢(やまとのあや)系の渡来人の血を引きます。持統・文武朝に活躍した歌人。行幸従駕歌と共に、宴席での即興歌で知られます。
和歌を遊びとして楽しむという文化の芽生えた時期の歌人。
 
「醤」   大豆と麦を混ぜて作った麹に、塩水を加えて発酵熟成したもの。 
      古代の代表的な調味料。
      現在の味噌や醤油の元祖。 → 絞って液汁を取ったものが醤油。
      中国での呼び方は「ジャン」。 魚を原料にする魚醤、穀物原料の穀醤などがある。
      穀醤のうち大豆原料が醤油で、塩辛も味噌も元々は醤の仲間。
「酢」   ルーツは果実酢。(柚子、橙など)
      あるいはアルコール度が低い酒を、酢酸菌を利用し自然発酵させて作る酢。
「醤酢」  現在の酢味噌や酢醤油のようなもの。
「蒜」   臭いのあるニンニク、ノビル、アサツキ、ニラなどの総称。
「鯛」   その色から、運気をもたらすとされた。
「羹」   汁物、吸い物、特に野菜で作った熱い汁。現在の味噌汁に位置づけられる。
「膾」   鯛を膾にする --- 薄切りにしてつけ汁を付けながら食す。刺身の原形。

◎ 戯笑歌(ぎしょうか)について --- 即興に歌う 下記いずれも長忌寸吉麻呂が詠む

 【物名歌】 (もののなのうた)
  さし鍋に 湯沸かせ子ども 櫟津(いちひつ)の 檜橋より来む狐に浴むさむ         (巻16-3824)
    (さし鍋に湯を沸かせよ皆、櫟津の檜橋を渡ってくるコンと鳴く狐に浴びせてやろう)

  一二の目 のみにはあらず 五六三 四さへありけり 双六の采               (巻16-3827)
    (一二の目だけではなく、五六、三四の目まで出る、まったく双六の采ときたら)

  3834: 梨棗黍に粟つぎ延ふ葛の後も逢はむと葵花咲く

 【無心所著歌】 (こころのつくところのなきうた)
  香塗れる 塔にな寄りそ 川隈の 屎鮒食める いたき女奴                 (巻16-3828)
  (香、塔、厠、屎、鮒、奴を詠む歌)

和歌とは、五七五七七の音数律。7世紀から現在まで到るまで、日本の定型詩であり続けた詩。
子音+母音の明るく響く開母音の定型リズムで成り立つ。定められた数の音節の連続が、歌だと認識させ、歌を成立させることのできる最重要の条件か。 では、なぜ五七五七七の音数律なのか?