万葉の植物  え  を詠んだ歌
                          2012.6.20 更新                

 

  
      2010年秋、薬師寺から唐招提寺への道沿いのエノキ。           実 もうすぐ食べられそう。直径5ミリ。


   
 (万葉表記   榎 )       エノキ (ニレ科)

人里に近いところに見られる落葉高木。 20m以上に生長し、花は春。同株に雄花と雌花を付け、秋には赤味を帯びた褐色の実をつけます。材は建築材、器具、家具材、薪炭に用いられます。
古く、「え」は、エノキだけでなく広くムクの木も含みました。実を食べに野鳥が集まるのは、その木に霊力が満ちていると考えられていたようです。
古来霊木とされたのは、写真にあるような巨木に成長し、鳥が集まることや、神の憑り代とされるヤドリギ(古名:ほよ)がこの樹に寄生することから。


エノキの由来は:
 「良木」、「枝木」、「柄木」、「燃木」、「祟木」など。
現在は公園に植えられ、夏の日陰を作るのに役立っています。そもそも、エノキ(榎)の字は、木+夏ですから。

この
エノキの実は甘味があり食用にもされ ますが、高い場所になるので野鳥が啄ばむにまかせるしかありません。

『徒然草』に、「榎木僧正」の話があるのをご存じでしょう。人の口に戸を立てられないのはいつの時代も同じ。

   原文:徒然草 第四十五段  吉田兼好著
「公世の二位のせうとに、良覚僧正と聞えしは、極めて腹あしき人なりけり。
坊の傍に、大きなる榎の木のありければ、人、「榎木僧正」とぞ言ひける。この名然るべからずとて、かの木を伐られにけり。その根のありければ、「きりくひの僧正」と言ひけり。いよいよ腹立ちて、きりくひを堀り捨てたりければ、その跡大きなる堀にてありければ、「堀池僧正」とぞ言ひける。」

江戸幕府二代目将軍徳川秀忠は、参勤交代制度を完成させるため、 主要街道の整備を命じました。その一里塚にエノキを植えさせたと伝わります。

   (エノキが選ばれたのは、将軍「よい木を植えよ」 との言葉を、家来が「エノキ」と聞き間違えたとの説があります。目印になり、巨木になる木ととして、エノキのほかケヤキやムクノキといった樹 も植えられました。)

エノキは国蝶のタテハチョウの1種、オオムラサキ(準絶滅危惧種で)の幼虫の食草であることで有名です。


  わが門の榎の実もり喫む百千鳥 千鳥は来れど来ぞ来まさぬ  作者不詳  巻16-3872

(鳥は集まってくるが恋しいあなたの訪れはない --- エノキの霊力を讃え慕わしく思う人を呼び寄せようと歌います。
甘い味の実 = 野鳥が大好き、と短絡して考えなかったのですね。
子供のころ、このエノキの実を取りに高い木に登り、ようやく手に入れた小さい実の貴重だったこと。クセのない素直な甘さでした。)