さんざし? しゃくなげ? 

 しゃくなげ?  さんざし?

早春の、雪が消え残る公園へ、アンは散歩に出かけます。そこへやってくるギルバート。手には摘んだ石楠(訳文ママ)を持ち、アンの隣に座って、そのメイフラワー( 訳文ママ)を差し出します。
この文章に、なにか不自然なものを感じませんか。
手渡したのは石楠?メイフラワー? 

 ギルバートは人目につかぬ一隅に青白い、やさしい石楠を見つけた。かれはそれを両手にいっぱい抱えて公園からこっちへ向かってきた。(アンは彼と二人きりにならないように気を配っているというのに。) 

  (
But grass was growing green in sheltered spots and Gilbert had found some pale, sweet arbutus in a hidden corner. He came up from the park, his hands full of it.)

 ギルバートは丸石にアンとならんで座り、彼のメイフラワーを差し出した。
 「これをみるとアヴォンリー小学校時代の遠足を思い出さない、アン?」  
                 『アンの愛情』 第20章 ギルバート口をひらく

 (Gilbert sat down beside her on the boulder and held out his Mayflowers.
"Don't these remind you of home and our old schoolday picnics, Anne?" )

  これは日本のイワナシ カナダのものと同属      庭の石楠花   

はじめは石楠で、そしてメイフラワーを差し出したギルバート。
原文の「arbutus」は、ヨーロッパやアメリカのツツジ科arbutus属の常緑低木の総称で、特に北米ではTrailing arbutus  (Epigaea repens ツツジ科イワナシ属) 、日本での同属植物「イワナシ」 を言います。村岡訳では、石楠で代表させたのでしょう。
つまり、作者モンゴメリは、メイフラワーがカナダではどの植物を差すのか、十分知っていたにもかかわらず、arbutusMayflowersを遣い分けていたことになります。
小文字と大文字の違いにも注目してみますと、私はこのように受け取りました。

「青白い、やさしい石楠(本文ママ、実はarbutus)」を見つけた。
まだ花の時期には早いらしく、うっすら色付いた花弁はほんの少し口を開いているだけ。香りもそれほどないことでしょう。それを両手いっぱいに摘み、アンの隣に座り、小学校時代の思い出をこの花に込めてアンに捧げた。この時点で、ギルバートの「春」そのもの、「青春」、「アンに対する思い」としてarbutusMayflowersへ昇華したと。

* メイフラワーとは文字通り、5月に咲く花の総称。
イギリスではサンザシ(山査子、バラ科サンザシ属の落葉低木)をメイフラワーと呼ぶことから、村岡訳のアン・シリーズではサンザシと訳出されています。(サンザシ)のページを参照してください)

** ほかに: Mayflowerとは、5月に咲く花 で
特に[] サンザシ(hawthorn)  キバナノクリンザクラ(cowslip)  リュウキンカ(marsh marigold   []イワナシ(arbutus)  アネモネ(anemone)。

(英) サンザシ (英) リュウキンカ (英)
 キバナノクリンザクラ
(米) アネモネ