さんざし     

  メイフラワー Mayflower →
                      サンザシ Trailing arbutus  (Epigaea repens ツツジ科イワナシ属)

サイラス・スローン家の地所のうしろにある野原ではさんざし(Mayflower)が咲きだし、茶色い葉の下からピンクや白の星のようなやさしい花がのぞいていた。
                 『赤毛のアン』 第20章 行きすぎた想像力

 (Away up in the barrens, behind Mr. Silas Sloane's place, the Mayflowers blossomed out, pink and white stars of sweetness under their brown leaves.)

  -----「ほんとうに、さんざし(Mayflower)なんてない国に住んでいる人がかわいそうだと思うわ」とアンは言った。-----さんざし(Mayflower)よりもっといいものなんてあるはずがないわ、ねえマリラ。それにもし、さんざし(Mayflower)ってどんなものか知らないのなら、それがなくてもべつにそのひとたちはつまらないって思わないでしょうって、ダイアナが言うのよ。                                                 『赤毛のアン』 第20章 行きすぎた想像力

("I'm so sorry for people who live in lands where there are no Mayflowers," said Anne. "Diana says perhaps they have something better, but there couldn't be anything better than Mayflowers, could there, Marilla? And Diana says if they don't know what they are like they don't miss them. )

  ----さんざし(Mayflower)のことをどんなふうに考えているかわかる、マリラ? あれは去年、死んだ花の魂で、これがその花たちの天国にちがいないと思うの。------さんざし(Mayflower)で花輪をつくって帽子にかざったのよ----- 
                   『赤毛のアン』  第20 章 行きすぎた想像力

 (Do you know what I think Mayflowers are, Marilla? I think they must be the souls of the flowers that died last summer and this is their heaven.----We made wreaths of the Mayflowers and put them on our hats)

   やがてほとんどだれも気がつかないうちに春がおとずれてきて、アヴォンリーではさんざし(Mayflower)がピンクの芽をふきはじめた。 
                            『赤毛のアン』 第35章   クイーン学院の冬

 (Then, almost before anybody realized it, spring had come; out in Avonlea the Mayflowers were peeping pinkly out on the sere barrens where snow-wreaths lingered; and the "mist of green" was on the woods and in the valleys.  )

かくまでアンの心をとらえ、花の魂とまで言わしめた春の美しさを代表する花「メイフラワー」とはどんな花なのか。
メイフラワーとは文字通り、五月に咲く花の総称。
イギリスではサンザシ(山査子、バラ科サンザシ属の落葉低木)をメイフラワーと呼ぶことから、村岡訳のアン・シリーズではサンザシと訳出されています。
このゆき違いは、1620年、イギリス南西部のプリマスを出港し、新天地アメリカのプリマス((現在)に渡った清教徒たちが、かの地で春の到来をいち早く知らせてくれたある花を「メイフラワー」と呼んだことから始まります。その花は、 トレイリングアービュータス(Trailing arbutus) 。船の名前は「メイフラワー号」。

匍匐性のツツジ科の植物で、春早く、雪解けと同時に鈴の形のピンクや白の花を付けます。
香りが高いことから、乱獲され現在では見つけるのが難しく、絶滅の危機に瀕している植物。
栽培するのは困難、とあってもネットで調べてみると、一株が五ドルから十ドルで販売されているのが見つかります。春の値段が五ドルなのか、と微妙に悲しい気分に陥りました。
カナダではノヴァ・スコシア州の州花。花言葉は「君だけを愛す」。この花言葉、アン・シリーズにふさわしいですね。
さて、メイフラワー・ピクニックについても書いておかないといけません。
親睦のため、このサンザシとゲッケイジュの花を集める遠足を言います。第20章の遠足がその描写にぴったり。春を喜ぶ人々の心が寄り集まって咲いたのがサンザシ?
ところが、日本にもこの トレイリングアービュータスの仲間がいました。
同属のイワナシ(岩梨Epigaea asiatica)で、ツツジ科の植物にふさわしく、水はけの良い酸性土を好むことから、那須の山の峠道や、会津の山中にひっそり自生しているのです。

 
写真は、会津の駒止湿原で。

岩梨というからには、実はきっと甘酸っぱいのでしょうね。

Canada Mayflowerという花もみつけました。それは *マイヅルソウ(Wild Lily of the Vally)。いずれも目立たずひっそりと春の兆しを教えてくれる花たち -----花の魂。   * 別紙参照

果実は食べられることから、『方丈記』のなかにこんな記述があるのです。

  或は茅花(つばな)をぬき、岩梨(いはなし)をとり、零余子(ぬかご)をもり、芹をつむ。
             『方丈記』 鴨長明
 

老齢の山守りと、十歳ばかりの男の子が共に遊ぶ。人生を達観しています。

『モンゴメリ日記』AB (立風書房 桂宥子訳)では「イワナシ」と訳出。
 植物図鑑が普及した時代を感じます。
  1897年4月25日-----もうすぐイワナシが咲く-----
  1899年5月1日------私は小さなピンクと白のイワナシ----春のはじまりを告げる花----をとった。
     ○ さんざしの咲きてゐたれば春の子のやはらかき身に幸せの満つ    (Ka)