さくらんぼ      

  さくらんぼ   バラ科サクラ属  Cherry

実桜の果実。食用、などと書かなくても、おなじみの果物。
丸くて、朱色に熟し、小さい箱に詰められて、「お国は遠い北の国」。

アンが春の象徴としての桜の美しさを、なんども口にしているのと同様、さくらんぼには重要な役目がありました。島の果実栽培用としての桜には、サワーチェリーやガーデンチェリー、より大木に生長するスィートチェリーなどがあり、保存食として 有用だったうえ、当然生食もされたでしょう。
今も昔も、鳥の食害には悩まされたはず。いったいどうやって防いだのか、知りたい。


スペイン北部にある聖地、サンチャゴ・デ・コンポステーラへ至る道・・・巡礼の道沿いに熟していたサクランボ。
われわれ巡礼へのご報謝でしょう。
おいしくいただきました。   (2010.6)


 イギリス、マナーハウスを改造したホテルの庭のサクランボ。
朝早く散歩に出かけると、そこには野兎の群れが。
まるでピーター・ラビットの世界。 (2011.6)
 ・・・古い茶色の茶道具を出してきなさい。だが、さくらんぼの砂糖づけのはいっているあの小さな黄色のつぼ(the little yellow crock of cherry preserves)をあけていいよ。どっちにしろ、もう、いいころだ --- 味がしみてきたと思うよ。・・・・」・・・「それからもうひと切れ、果物入りのケーキをどうぞ、砂糖づけ(preserves)のおかわりもどうぞって、すすめるのよ。・・・」 
                          『赤毛のアン』第16章  ティー・パーティの悲劇

(You'll put down the old brown tea set. But you can open the little yellow crock of cherry preserves. It's time it was being used anyhow--I believe it's beginning to work. And you can cut some fruit cake and have some of the cookies and snaps."----And then pressing her to take another piece of fruit cake and another helping of preserves.

  そよ風がかすかな音をたててポプラの木々にささやき、桜の果樹園(the cherry orchard)のかたすみには、うすぐらい若樅のしげみを背に、燃えるような赤いけしの花(が首をふっていた。
              『アンの青春』 第1章  怒りっぽい隣人

 (But an August afternoon, with blue hazes scarfing the harvest slopes, little winds whispering elfishly in the poplars, and a dancing slendor of red poppies outflaming against the dark coppice of young firs in a corner of the cherry orchard, was fitter for dreams than dead languages.)

  「あそこに桜(cherry trees)を植えたのもヘスターよ」とダイアナは説明した。
「へスターがうちの母さんに言ったんですって。あの桜の実(their fruit)が食べられるころまで、あたしは生きていないだろうけれど、自分の植えたものが、自分の死んだのちにも、生きていて、世界を美しくする手伝いをしているのだと、思っていたいのですって」                  
                                             『アンの青春』第13章
 たのしいピクニック

("She set out those cherry trees over there," said Diana. "She told mother she'd never live to eat their fruit, but she wanted to think that something she had planted would go on living and helping to make the world beautiful after she was dead." )

 アンシリーズには、印象的な庭がいくつか出てきます。
まず、バリー家の庭。そしてヘクター・グレイの庭、夢の家の庭、炉辺荘の庭と。
なかでもこのヘクターグレイの庭は、思い出と共にあることで特徴的な庭です。
「病弱なヘクター・グレイは、丹精込めた自分の庭の白い薔薇の束を抱き、夫の胸にいだかれ、笑顔を向け、最期を迎えた。
30年後、青草のなかに背を伸ばし咲き乱れる黄色や白の水仙。そして思い出の白い薔薇の香りが漂う。風に揺れる。」
精霊が宿っているとも思えるこの庭に、アンと友人は出合いました。
「自分が植えたものが世界を美しくする」と思っていたい。そう語ったと伝えられるヘクター・グレイの思い出は、こうやって若い人に受け継がれていくのでした。
ああ、ヘスターの心根が良く理解できます。
農業は、そして庭仕事も天候に左右される、どちらかと言えばギャンブル性さえ含む仕事です。
肉体労働の辛さもありますが、しかし、種を蒔き育て収穫するという喜びは、なにものにも代えられません。たとえ障害になる事件が起きたとしても、我が身とわが心を鼓舞し、また次の機会を待つという喜びを感じることができる ・・・ すなわち人生に対する楽観性を育むことができる仕事なのです。
誰かの役に立つ。誰かのためになる。命がつながっていく。
それが己の喜びにもつながることを、若いへスターは知っていたのですね。

さて、私の庭です。
2000本の水仙や桜草や鈴蘭や。その他の季節を彩る諸々の物たちよ。
30年後、その命は受け継がれているのか。それを手渡すべき人は現れているのか。

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月初旬、私の住む那須には、さくらんぼが熟し、赤いけしが咲くアンの世界が広がります。 
         

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   こころ深くあたたかきところに夢ありて愛しむことを火種となしき  (Ka)