オレンジリリー    

  オレンジリリー   Orange lily    ユリ科
 
 或る睡けをさそううような午後、ミス・コーネリアが小さな家にしずしずと訪れた。湾は暑い八月の海の晒したような薄青い色をしており、アンの庭木戸に咲いている鬼ゆり(orange lilies)は金を溶かしたような八月の日光をみたすべく威厳のある花の杯をさしのばしていた。
              『アンの夢の家』 第37章 意外なニュース

 (
Miss Cornelia sailed down to the little house one drowsy afternoon, when the gulf was the faint, bleached blue of the August seas, and the orange lilies at the gate of Anne's garden held up their imperial cups to be filled with the molten gold of August sunshine. )
 
結婚の報告に来たミス・コーネリアのいつもになくしずしずとした様子と、ぼんやりかすんだ海、鮮やかなOrange liliesのこの三様の対比が、この後の驚くような話へと結びつくのに効果的です。
 

このオレンジ・リリーを、ある特定の百合と受け取るか、あるいはオレンジ色の百合の総称として考えるか。頭を悩ます問題ですね。花の色はオレンジ、咲いている時期は八月と、島の夏のやや終わりがけ、花は日光を満たすように上向きに咲いている。この状況から読み解いていきましょう。ヨーロッパには自生種のOrange lily (Lilium bulbiferum)があり、その花姿も色合いも、上向きに花を付け梅雨の頃に咲く日本のスカシユリに良く似ています。
ところがこの、英語ではOrange lily から改良された園芸種のユリも、鬼ゆりも、ユリに似ていて花が一日しか持たないデイリリー(Day lily、日本でのヤブカンゾウ、ノカンゾウ、ニッコウキスゲなど。)もすべて Orange lilyと呼ばれているのですから、混乱します。
いったいに英語圏では、日本ほど色の弁別を詳細にしないのではないのか、と愚痴の一つもこぼしそうになるのでした。
鬼ゆりの訳語は、全シリーズに二回出現します。『赤毛のアン』の中のバリー家の庭には鬼ゆり(tiger liliesが咲くのに対し、この『夢の家』の庭木戸に咲くのはorange liliesで、それが鬼ゆりと訳されています。
  (バリー家のオニユリ、本文にも書きましたが、他の花と同時に咲いているとの描写があります。これは作家的真実だと考えるべきなのでしょう。)

まず、咲く時期は合っていますが、「花の杯をさしのばしていた」と訳文にあるので「鬼ゆり」ではありません。バリー家の庭のオニユリ(tiger lilies)のページを参考にしてください。
さらにこのオレンジリリーが園芸種の百合か、それとも山野に自生するデイリリーかを考えてみましょう。私はデイリリーだと考えます。 現在は改良種が出回って日本の8月に花が見られる種類もありますが、スカシユリそのものは、比較的夏の早い時期に咲きます。
花弁の間から雨が地面に滴るように、あるいは受粉媒介者に精いっぱいアピールするように、花弁をじゃんけんのパーのように開いて。デイリリー(Day lily)はあちこちで見ましたがいずれも7月から8月にかけて、さりげなく建物や庭を彩るようにブッシュ状になって咲いていました。おまけに昔風の庭を愛したアンの夢の家の庭木戸に咲くのですから、野趣豊かなデイリリーがぴったりでしょう。
 

デイリリーはユリ科ワスレグサ属の多年草。細長い葉が地面から立ちあがり、その間から花茎を伸ばし、先端に花のつぼみを幾つか付け、そのつぼみがひとつずつ咲いていきます。
鮮やかなオレンジ色の花の命は短くても、次々と咲くおかげで長期間花を楽しめ、夏の庭の価値ある一品。島の自生種でなく、園芸用として持ち込まれたものが逃げ出して繁殖しました。日本には中国から渡来。漢文に「忘憂草」とあることから、日本では古くから「忘れ草」とよばれています。憂いを忘れる----辛いこと、悲しいことを忘れることができるなら、これは人の世の救世主になれますね。

島のデイリリーは日本の萱草(ノカンゾウ)に近く、このノカンゾウの薄緑色の若芽は、「春一番の緑」という付加価値も手伝って美味。酢味噌で食すと清新で、山里にもいよいよ春が来たと感じさせてくれる味です。 

追記:
この花のつぼみは、中華料理に使われる「金針菜(キンシンサイ)」。炒め物に美味しい野菜です。

   忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため 大伴旅人 『万葉集』 巻3-0334
 


    カナダ バンクーバー 湾内観光船の発着場 

    日本の萱草・カンゾウ