くり    

  栗 Chestnut → Horse chestnut 
                                    マロニエ  (Aesculus hippocastanum トチノキ科トチノキ属)

 Chestnut trees (Aesculus hippocastanum)とは?  トチノキ科トチノキ属の落葉高木。
マロニエ、またはセイヨウトチノキを言い、56月に赤か白の小さな花が集まった花穂を 上向きにつけます。

 ・・あの栗(chestnut trees)の木の大きなつぼみや、往来のはずれにかすんだ青空をみると、試験なんかなんだと言いたくなってくるのよ。
              『赤毛のアン』 第35章 クィーン学院の冬 村岡花子訳

 (Girls, sometimes I feel as if those exams meant everything, but when I look at the big buds swelling on those chestnut trees and the misty blue air at the end of the streets they don't seem half so important." )

  きあわせていたジェーンやルビーやジョシーには、この意見には賛成できなかった。彼女たちにとっては試験こそいつも頭をはなれない重大問題で、栗のつぼみ(chestnut buds)や春がすみなどと比べるだんではなかった。             『赤毛のアン』 第35章 クィーン学院の冬  村岡花子訳

 (Jane and Ruby and Josie, who had dropped in, did not take this view of it. To them the coming examinations were constantly very important indeed--far more important than chestnut buds or Maytime hazes.

     セイヨウトチノキ (マロニエ)
 スペイン、クエンカの谷間に咲く。(2006.6)
ベニバナトチノキ 
(マロニエとアメリカアカバナトチノキの交雑種)
   近くの道の駅で。

   ニホントチノキの花 (花穂)
  
     日本トチノキの果実   
  まるでチョコレート・シュークリーム


『赤毛のアン』にこの「栗」が登場するのは2回のみ。
クイーンの卒業試験の真っただ中、アンが栗の木に「大きなつぼみ」を見つけて春が来た喜びを表現する場面の「アヴォンリーではさんざしがピンクの芽をふきはじめた」 に続きます。このアンの言葉は試験に悩まされる同級生たちの非難を受けます。 

栗は20世紀に北米で蔓延した胴枯れ病の影響が残り、島では育ちません。ではなぜ村岡訳には「栗」とあるのでしょうか。栗とマロニエの違いは?どこで混乱が起きたのでしょう。
栗はブナ科クリ属、マロニエはトチノキ科トチノキ属。フランス語ではクリもマロニエも、果実はマロン、木はマロニエと呼ばれることから、誤解が生じました。 

マロニエの英名はHorse chestnut。この「マロニエ」は、バルカン地方原産で、17世紀からフランスで栽培され始めています。トルコでは、この実を馬に与えていたことから、英名は「Horse Chestnut Tree」、 馬の栗の木」と呼ばれています。
ドングリを与えるスペインのイベリコ豚と同様、馬もご馳走を食べていますね。現在、那須の山麓ではこのニホントチノキの白い花穂が立って、花盛り。(2014523日)

ちなみに、セイヨウトチノキの殻には棘があり、日本のトチノキの殻には棘がありません。両方の殻の中の果実は上の写真のようにチョコレート・シュークリーム にそっくり。
日本トチノキは古代から需要な保存食物で、長い時間をかけて渋を抜き、中のデンプンを利用しました。栃の実饅頭が知られていて、ほのかな香りがして美味。

蛇足ですが。
「とちる」=舞台で台詞やしぐさを間違えること、転じて失敗することややりそこなう事を言います。「早とちり」も使いますね。この「とちる」は、トチノキの実の渋抜きなどの手順を間違えることを語源とします。
トチノキは栃木県の県木です。
質実剛健、謹厳実直を旨とする栃木県人も間違えるくらい手順が錯綜しているのでしょうか。

 

左下は、ニホントチノキの白い花。透明感のある大きな葉の間に咲く白い花穂の群れが揺れています。
地味だけど主張していてそびえる樹の下から見上げると、はるか空間に花が咲き乱れ、アンの「想像の翼」がはためいているようです。

⋆2020.5.20 追記
アイルランド在住のnaokoguideさんからのお知らせ;

・アイルランドでは、「
Horse Chestnut」を通称で単に「Chestnut」と呼ぶ人は多いです。「Horse Chestnut」しかないので、呼び分ける必要がないから。

・西洋トチノキの果実は動物しか食べないのかと思っていました。ところが前述のnaokoさんから、ルーマニアで「栃の実のジャムを混ぜ込んだジャムを食べた」、「渋抜きをしてジャムを作ると聞いたことがある」とうかがいました。

救荒食物であるトチノキを日常的に食す文化があるのは、日本でも耕作に適した土地や気候に恵まれいない地域です。ルーマニアにもそういう時代や地域があった、あるいはいまもあるのでしょう。
固い実の皮をむき、流水に浸すことひと月、それから面倒な手順を経て食べられるように加工する----かの地の人もこの辛抱強い作業を行っているのですね。