フクシャ    

    つりうき草 Ladies' eardrops  フクシア Fuchsia  
                                                                      アカバナ科フクシア属

花の形が、釣りの浮きに似ていることから「つりうきそう」の名前が付きました。ゆらゆら揺れるその様子から、レディース・イヤーズドロップス(
Ladies' eardrops・貴婦人の耳飾り)との別名も持ちます。
現在ではフクシャとしてより通用していましょうか。
フクシャは、ドイツ人の医者で植物学者の レオンハルト・フックス(L.Fuchs  1501-65) にちなみます。
原産地はメキシコからアルゼンチンのパタゴニア、ニュージーランド、タヒチ島など。
花の色や形はさまざまで改良種が多く、現在日本で流通している種類は、暑さや寒さに弱い種類が多いのですが、本来はパタゴニア、カナダ、アイルランドと言った寒冷地にも適応する強い植物なのです。
ブッシュ仕立てにしたり、ハンギングとして用いたりと楽しみ方もいろいろ。


このつりうき草が『赤毛のアン』に出てくるのは第1章の最初のシーン。
まず周囲の風景を描写し、そののち主題に入っていくという展開が続きます。

   中心は必ず周辺に表れてくるのもの。末端にこそ、その本質が宿る」・・・(私の造語)


原文はこうです:
 Mrs. Rachel Lynde lived just where the Avonlea main road dipped down into a little hollow, fringed with alders and ladies' eardrops and traversed by a brook that had its source away back in the woods of the old Cuthbert place.
この部分を村岡花子訳では:

  アヴォンリー街道をだらだらと下って行くと小さな窪地に出るレイチェル・リンド夫人はここに住んでいた。まわりには、榛の木が茂り、ずっと奥のほうのクスバート家の森から流れてくる小川が横切っていた。

               『赤毛のアン』第1章 レイチェル・リンド夫人の驚き
 

はて?榛の木の周囲には、ladies' eardropsが茂っているはずなのに?

原文は上記のとおりですが、「ladies' eardrops」の記述があるのに、訳されていないのです。
第2次世界大戦中に訳された『赤毛のアン』ですから、この「ladies' eardrops」がどのような植物なのか、知られていなかった可能性もあるかもしれません。


NHKテレビ 世界の美しい山々(2011.6)で放映された画像。
チリ南部・パタゴニアのフクシャ。
  ドイツ、ライン川河畔の町コブレンツにて                                             (2012.7)
  花飾りに歴史を感じます。
  カナダ・バンクーバー島のフクシャ                         ( 1992.7)野性味が残ります。

   イギリス・マナーハウスで(2013.8)
   すっかり園芸化してしまったフクシャ。
 アンは、ほぉっとため息をついて、ゆり椅子にすわると、ボニーと名をつけたあおいの葉の一つにキッスし、つりうき草(fuchsia)の花に手をふってみせた。 
                    『赤毛のアン』 第11章  アン日曜学校へ行く

 Anne sat down on the rocker with a long sigh, kissed one of Bonny's leaves, and waved her hand to a blossoming fuchsia.

はじめての日曜学校ですっかり疲れ果てたアンの、けだるい午後の様子が、ゆり椅子とつりうき草の組み合わせでよく表現されています。自然の中にあるものに、名前を付けるのが好きなアンでした。
さっそく台所の窓辺にあるゼラニウムに名前を付けています。 「ボニー・可愛らしい」と。

台所からこのつりうき草(fuchsia.)の花が見えたわけでしょう か。それとも窓辺に飾ってあったか。手を振ったということは。その距離はどのくらい?そこにあることがはっきり分かる。手を振ると振り返してくれそうな植物・・・・つりうき草(fuchsia.)の花とは?
字面から想像できる、現在のつりうき草(fuchsia)か? 興味津々。

なぜかと言えば、このレディース・イヤーズドロップスにはもう一つの植物の名前でもあるのです。
それはジュエル・ウィード(宝石草)。これから考えてみましょう。
ジュエル・ウィードは、ツリフネソウ科ホウセンカ属の花。
日本では黄色と朱赤色が知られていますが、島のツリフネソウはスポットの入ったオレンジ色。
「宝石」の名前のとおりやや透明で薄緑の種袋をつけ、ホウセンカ属の名を表すように、触ると弾け飛びます。
学名のImpatiens
は「我慢できない」。はいその通り。

はじめ作者モンゴメリは、第1章でリンド夫人の家の周囲の描写に「ジュエル・ウィードが茂り」と書き、のちに「レディース・イヤーズドロップス」と書き直しています。
                           (参照 『
赤毛のアン完全版』 山本史郎訳  原書房
名前の響きが良いからか、あるいは桜の時期にはこの花が茂っていないからか、もはやその理由を知ることはできません。これこそ、作家の想像的真実なのか、とも思えます。

私個人の考えでは、ここは寒冷地に育つフクシャだと考えたいのです。

リンゴが咲く時期のツリフネソウ(つりうき草)は、まだまだ双葉状態で、とても手を振って挨拶をするほどの存在感はありません。
ツリフネソウの花期は夏から秋なのですから。このフクシャ、古代のインカ帝国では「女王様の首飾り(レディスー・イヤーズドロップス)と呼ばれた貴重な花。
今から35年前(1980年)家族でマチュピチュに旅した折、神殿の前を下った場所でフクシャを見たのを記憶しています。原種に近いのでしょう、花が長く垂れて冬の季節のかの地を彩っていました。ちなみに「インカの百合」とは「アルストロメリヤ」のこと。

参考までに、日本のツリフネソウを掲載します。↓

日本のツリフネソウ(吊り舟草)
プリンス・エドワード島のツリフネソウは、もう少しオレンジ色がかり、スポットが入ります。  (2005.9.9)



日本のツリフネソウの芽
林檎の花が散った後。(2005.5.15)
夏の終りに咲く花は、寒さに弱くて発芽は遅く、まだまだ小さいのです。花盛りにはあと100日。