万葉の植物 なでしこ  を詠んだ歌
                               2011.8.21 更新

 

    
  カワラナデシコ                     タカネナデシコ (スイス 標高2500m)


   
なでしこ (万葉表記  那泥之古 瞿麦 奈泥之故 奈弖之故)      カワラナデシコ (ナデシコ科)

河原、と名前に被ぶせてありますが、河原よりも日当たりの良い野原で見られます。花期は7月から旧盆のころまで。
花弁の先が細かく切れ込んでいるのが特徴で、ふわふわと風に揺れる様は、なよやかな美人の形容にふさわしい花です。
ナデシコとは、「撫でし子」。撫でて慈しむ対象。女性にも男性にも使われています。
茎は真っすぐ立ち、枝分れし た先端に淡紅紫色の可憐な花をつけます。時に1mもの高さに育つこともあり、思わぬ風に痛めつけられることもありますが、打ちなびいている様子は風情あるもの。
もちろん、秋の七草の一つです。
  
 萩の花 尾花葛花なでしこの花 をみなへしまた藤袴朝顔の花    山上憶良 巻8-1538   

        竜胆 (リンドウ科)     白いなでしこ

秋の七草に「リンドウ」が入っていないのが不思議ですね。


「我が宿のなでしこ」と歌われるようにこの花姿は人の心を捕らえ、万葉のころから庭に植えられたようです。
見かけによらず、種でも挿し穂からもでも増える丈夫な花。

やまとなでしこ。懐かしく愛おしい音の響き---。
中国から渡来した「カラナデシコ・唐撫子」に対して、日本自生種に「やまと」と付けられたのですが、この「やまと」は「倭」なのでしょうか、それとも「大和」?
『枕草子』に、「草の花は撫子、唐のはさらなり、大和のもいとめでたし」とあるところから、「大和」が被さったのでしょうか。
『奥の細道』にも 「かさねとは 八重撫子の 名成べし   曾良」とありますね。前髪を切り揃えた少女の面影が浮かびます。

その気品のある色からなでしこ色(#eebbcb)という色名を付けられたり、平安朝での「襲・かさね」(表が紅、裏が青)の色目になっています。

               参考: カラナデシコ (唐撫子)   
 

 集中26首。 そのうち家持作が12首。家持はよほどなでしこが好きだったようです。

 なでしこが  その花にもが朝な朝な 手に取り持ちて恋ひぬ日なけむ          大伴家持 巻3-408

 秋さらば 見つつ偲へと妹が植ゑし  やどのなでしこ咲きにけるかも           大伴家持 巻3-464
    (家持20歳前後。幼い子を残し、妻(正妻ではない)を亡くし、悲嘆にくれる)

 我がやどに  蒔きしなでしこいつしかも 花に咲きなむなそへつつ見む        大伴家持 巻8-1448

 我が宿の なでしこの花盛りなり  手折りて一目見せむ子もがも          大伴家持 巻8-1496

 なでしこは 咲きて散りぬと人は言へど  我が標めし野の花にあらめやも     大伴家持 巻8-1510
  
 萩の花 尾花葛花なでしこの花を  みなへしまた藤袴朝顔の花          山上憶良 巻8-1538

 射目立てて  跡見の岡辺のなでしこの花 ふさ手折り我れは持ちて行く奈良人のため   紀鹿人  巻8-1549

 高円の 秋野の上のなでしこの  花うら若み人のかざししなでしこの花         丹生女王  巻8-1610

 朝ごとに 我が見る宿のなでしこの  花にも君はありこせぬかも           笠郎女   巻8-1616

 見わたせば  向ひの野辺のなでしこの 散らまく惜しも雨な降りそね        作者不詳  巻10-1670

 野辺見れば  なでしこの花咲きにけり 我が待つ秋は近づくらしも         作者不詳  巻10-1672

 隠りのみ 恋ふれば苦しなでしこの花に  咲き出よ朝な朝な見む               作者不詳  巻10-1992

 あをによし  奈良を来離れ天離る 鄙にはあれど我が背子を.......(長歌)      大伴池主  巻17-4008

 うら恋し 我が背の君はなでしこが  花にもがもな朝な朝な見む          大伴池主  巻17-4010

 一本の なでしこ植ゑしその心  誰れに見せむと思ひ始めけむ           大伴家持  巻18-4070

 大君の 遠の朝廷と任きたまふ  官のまにまみ雪降る.......(長歌)          大伴家持  巻18-4113

 なでしこが 花見るごとに娘子らが 笑まひのにほひ思ほゆるかも            大伴家持 巻18-4114

   (越中守として単身赴任していた家持が、別れ住む妻大伴坂上大嬢に贈った歌。繊細な神経を持つ心優しき人家持)

 なでしこは  秋咲くものを君が家の 雪の巌に咲けりけるかも        久米朝臣広縄  巻19-4231

 雪の嶋 巌に植ゑたるなでしこは  千代に咲かぬか君がかざしに       蒲生娘子    巻19-4232

 我が背子が  宿のなでしこ日並べて 雨は降れども色も変らず        大原真人今城  巻20-4442

 ひさかたの  雨は降りしくなでしこが いや初花に恋しき我が背       大伴家持   巻20-4443

 我が宿に 咲けるなでしこ賄はせむ  ゆめ花散るないやをちに咲け       丹比国人  巻20-4446

 賄しつつ  君が生ほせるなでしこが 花のみ問はむ君ならなくに        橘諸兄   巻20-4447

 なでしこが  花取り持ちてうつらうつら 見まくの欲しき君にもあるかも     船王   巻20-4449

 我が背子が  宿のなでしこ散らめやも いや初花に咲きは増すとも       大伴家持   巻20-4450

 うるはしみ 我が思ふ君はなでしこが 花になそへて見れど飽かぬかも      大伴家持 巻20-4451
   (親しい人や、愛する妻を 「なでしこ」と呼ぶ家持。この歌の君とは橘奈良麻呂。)