万葉の植物 ゆり   を詠んだ歌
                           2011.8.9 更新

 

  
      鹿の子百合  防人も見たことでしょう。              山百合
  
         鉄砲百合                   鬼百合 これはコオニユリ

   ゆり (万葉表記  由利 由理 左由里 左由流)  ユリ類 おもにヤマユリ  (ユリ科)

ユリ科の鱗茎(球根)植物。多年草。花期は5月から、晩生の鹿の子百合の8月まで。
鱗茎が何重にも重なり合っている様子から、百合と名付けられた。あるいは、風に大きい花が揺れるさまから「ゆり」と呼ばれたという説もあります。
自生の百合は、山百合、鉄砲百合、透かし百合、鹿の子百合、鬼百合、姫百合など種類が多く、万葉集歌の中で どの百合なのか特定するのは難しいようです。

しかし、越中守時代に大伴家持が詠んだ四首の中の百合は、赴任していた国からこれは(右上の)ヤマユリと考えられます。それに対して、
大伴坂上郎女(巻8-1500)が詠んだ百合は、ササユリ。(写真はありません、東国には咲かないのです)
大きく分けると、関東ではヤマユリ(右上)、関西ではササユリ(笹百合)が詠まれたと考えられます。

ヤマユリは日本固有種。暗い林や緑濃い草原の中で、そこだけ浮き上がって見えるほど艶やかに咲き、なによりも遠くまでその存在を知らせる強い香りがあり、種や鱗茎 で増えます。
種からだと開花まで約5年。 毎年種を取って裏庭に蒔き続けていたら、いまや7月は香りが立ち込める百合の庭に。
言わずもがな、ですが、球根は「ユリネ」なのです。花時は、花を印に乱掘の憂き目に遭うヤマユリ。
そんなに目立つほど派手に咲くな、と花を前につぶやくのでした。


 道の辺の 草深百合の花笑みに  笑みしがからに妻と言ふべしや     作者不詳 巻7-1257
(百合は足元が草で覆われ、茎の中ほどから日が当たる場所を好みます。「草深百合」。緑濃い草原に頭をもたげて咲く百合の美しさを、この一語で表現しています。隠しても隠しおおせない恋ごころを表すのにぴったりですね。)

 夏の野の 茂みに咲ける姫百合の  知らえぬ恋は苦しきものぞ    大伴坂上郎女 巻8-1500
(ヒメユリは夏草の中に隠れて咲く、丈の低い真紅の百合。一人で思いを持て余す、なのにいっそう思いは募るばかり。この果たせない思いをどうやって相手に伝えようか。そのすべは無い)

 我妹子が 家の垣内のさ百合花  ゆりと言へるはいなと言ふに似る    紀朝臣豊河 巻8-1503
 (百合(ゆり)と、後(ゆり)との音を通わせて。「あとでね、また」と言う言葉は、拒絶の言葉のようです。今も昔も同じです。)

 道の辺の 草深百合の後もと言ふ  妹が命を我れ知らめやも        人麻呂歌集 巻11-2467

 油火の 光りに見ゆる吾がかづら さ百合の花の笑まはしきかも       大伴家持 巻18-4086
(「さ」は神聖なものの頭に付ける接頭語。神聖な百合の花で、花鬘を作ったのですね。) 

 灯火の 光りに見ゆるさ百合花  ゆりも逢はむと思ひそめてき        内蔵縄麻呂 巻18-4087

 さ百合花 ゆりも逢はむと思へこそ  今のまさかもうるはしみすれ      大伴家持 巻18-4088
(4086の歌に続けた家持の歌。国司の館で宴会が開かれたおり、主に。発想は相聞歌のようでもあり、のちにも逢おう、今逢っている現実も大事にしよう、と席を同じくする官人に詠みかける)

 大君の 遠の朝廷と任きたまふ  官のまに.......(長歌)           大伴家持 巻18-4133

 さ百合花 ゆりも逢はむと下延ふる  心しなくは今日も経めやも       大伴家持 巻18-4155

 大君の 任きのまにまに取り持ちて.......(長歌)              大伴家持 巻18-4116
(家持4首は、すべて(さ)百合と詠まれています。この(さ)は接頭語。神聖な花、その花の爽やかさ、麗しさ、香りの良さ、風に揺れる姿の艶やかさ。これらの意味を含んだ(さ)だと考えたい--。)

 筑波嶺の さ百合の花の夜床にも  愛しけ妹ぞ昼も愛しけ      大舎人部千文 巻20-4369 
(筑波山に咲く百合(この場合はヤマユリでしょう)のように、いとしい妻よ。ゆる(ゆりの東国訛り)---ゆとこ(夜床の訛り)の音が通っていて、妻への思いがよけいに募ります。)
大舎人部千文は常陸国の防人。万葉集にもう1首残されているその歌は:

     あられ降り 鹿島の神を祈りつつ 皇軍軍士(すめらみくさ)に われは来にしを   巻20-4370
       (武運長久を鹿島神宮に祈り、出征してきた。それなのになお、強く引かれる妻よ。)
2012年4月奈良県吉野山で見たササユリ。