万葉の植物  わすれぐさ  を詠んだ歌
                          2010.12.17 更新               

 
  
ノカンゾウ                                              ヤブカンゾウの新芽 〔食べごろ)
 
   
わすれぐさ (万葉表記  萓草) ヤブカンゾウ、ノカンゾウ、キスゲ(いずれもユリ科) 

ヤブカンゾウ、ノカンゾウ キスゲは、ユリ科ワスレグサ属の多年草で 、夏のはじめ、長く伸びた茎の上部に鮮やかなオレンジ色や黄色の百合に似た花を付けます。
花は一日りで終わることが多いので、英語ではDaylilyと呼ばれていますが、実際には同じ花が数日咲き続けることもあり、次々に蕾を膨らませて 咲かせるので、咲き始めからひと月近くも花を楽しめます。中国渡来の植物で、漢文には「忘憂草」とあることから、日本では古くから「忘れ草」とよばれていました。
忘れる=萓(くわん)  クワン→クワンザウ→カンゾウ と変化したのですね。
『詩経』に「「食之令人忘憂」(之を食さば人をして憂いを忘れしむ)ともあるそうです。確認できませんでしたが。
憂いを忘れる----辛いこと、悲しいことを忘れることができるなら、これは人の世の救世主になれますね。

新芽は春の山菜として食され、根は生薬となります。
「春一番の緑」という付加価値も手伝って美味。酢味噌で食すと清新で、山里にもいよいよ春が来たと感じさせてくれる薄緑色の芽吹きです。
うかうかすると3日で徒長してしまい、食べごろを見のがしてしまうのは、同時期のタラの芽などど同じです。

歌に詠まれたのは、花でなくもっぱら葉なのですが、なぜでしょう。
緑が萌え始めた林縁で、補色のオレンジ色を輝かせる花が目に止まらなかったはずがありません。

『古今和歌集』に、
・ 忘れ草 種とらましを 逢ふことの いとかく難き ものと知りせば      
・ 恋ふれども 逢ふ夜のなきは 忘れ草 夢路にさへや 生ひしげるらむ   
・ 住吉と 海人は告ぐとも 長居すな 人忘れ草 生ふといふなり         
・ みち知らば 摘みにも往かむ 住の江の 岸に生ふてふ 恋忘れ草

草の葉俳句と揶揄されることもありましたが、素十のこの句の明るさを素直に愛でたいものです。

   ・ 甘草の 芽のとびとびの ひとならび     高野素十
 

  忘れ草 我が紐に付く香具山の 古りにし里を忘れむがため    大伴旅人 巻3-0334
(大伴旅人は大宰府の帥として赴任しました。ある宴で、小野老(おののおゆ)が詠んだ・ あをによし 奈良の都は咲く花の にほふがごとく今盛りなり この歌に対して旅人が応えた歌。忘れようとしても忘れられない。望郷の思いがこもった歌)

  忘れ草 我が下紐に付けたれど 醜の醜草言にしありけり    大伴家持   巻4-0727
( 醜(しこ)とは。 @強く頑丈なこと A醜悪な、ばかげたこと。 
     忘れることなど出来ない。だから「醜の醜草」とののしる家持)

  我が宿の 軒にしだ草生ひたれど 恋忘れ草見れどいまだ生ひず 柿本人麻呂歌集  巻11-2475

  忘れ草 我が紐に付く時となく 思ひわたれば生けりともなし   作者不詳   巻12-3060

  忘れ草 垣もしみみに植ゑたれど 醜の醜草なほ恋ひにけり    作者不詳   巻12-3062