万葉の植物 わらび    を詠んだ歌
                           2011.1.3     更新                   

 
    
   わらび    (万葉表記   和良比  蕨)      ワラビ (ウラボシ科)   
       
蕨(ワラビ)はウラボシ科の多年草。 (シダ科ではありません)。
新芽は食用になります。お浸しに、吸い物に、根はわらび餅に、そして糊としても使われました。
古代の若菜摘みの行事では、このワラビも摘まれ神に捧げたあと、共に食されたことでしょう。
古代人は、握りこぶしを緩やかに開いたようなワラビの新芽を、神霊が依りついた植物として尊重していました。
渦を巻いている---渦巻きの形は永遠を表象するもの。この形を神聖なもの捉えていたのです。
時代や地域を越えて、人間に共通する感性があるのでしょうか。
たとえば、ニュージーランドのマオリ族の人たちは、渦巻き模様は神が宿るとし、枯れた葉や茎から新芽が出てくることを「神のご守護があり、神は目の前に降臨している」と信じていました。

先祖から繋がる世界を思わせることから、渦巻き模様は国のシンボル。
現に、ニュージーランド航空の翼に描かれているのは渦巻き模様なのです。(ただし、シダ科の「シルバー・ファーン」)                                            

集中1首のみ。 しかしこの1首の感動的なこと! 
流れる水も、芽生えたばかりの木々の薄緑の葉も、首をもたげたワラビの姿も、目の前に見えるようです。

  石走る 垂水の上のさわらびの 萌え出づる春になりにけるかも   志貴皇子 巻8-1418

(この歌は、巻8 春の雑歌のはじめに置かれ、題辞に「志貴皇子の懽の歌1首」とあります。
初句からまるで雪消の水の流れのように詠みあげられ、春の到来を喜ぶ気持ちがほとばしります。清冽な水を集めて落ちる垂水にも、神聖とされる渦巻き模様にも、冬の間に衰えた生命の再生をうながす力がある信じられていました。
「さ」は聖なる言葉を表します。 さわらびはめでたい植物なのですね。

志貴皇子は天智天皇の第七皇子。霊亀二年(七一六年)歿。
天武皇統の世に、天智天皇の血を(または智を)内包しながら皇族の一員として人生を過ごすには、 どのような葛藤が心にあったことでしょう。権力から遠ざけられ、あるいは権力を脅かす者として危険視されていたかもしれません。
息子の白壁王が光仁天皇として即位した時に 御春日宮天皇と追尊されました。(追尊=没後に天皇号を追贈すること)