万葉の植物 つげ   を詠んだ歌
                               2012.12.16 更新          

 

        イヌツゲ

   つげ (万葉表記   黄楊)  ツゲ   (ツゲ科)

関東から西山地に生える常緑低木。ツゲ(ホンツゲ)の葉は対生、写真のイヌツゲは互生。春の初め淡黄色の小さい花を、枝の上部に付けます。つげの名は、葉が層をなして付いていることから、
庭木や生垣として植栽されるほか、古くから櫛の材料として、あるいは印鑑や将棋の駒などに利用されます。

『古事記』に、妻を黄泉の国へ探しに行ったイザナギが、闇のなかで妻を見ようと灯を灯したのが、斎つ爪櫛(神聖な櫛)。
妻の姿の恐ろしさから逃げるイザナギを、死の国かの追っ手が迫る。
イザナギは斎つ爪櫛を追っ手に投げる。
斎つ爪櫛を投げると竹の子が生える。
竹の子を追っ手が食べている間にイザナギは無事に逃げ押せる。---こういう記述が見られます。
櫛は不思議な力を持っていると考えられていたのです。
 
集中黄楊櫛、黄楊枕として詠まれいます。

  君なくはなぞ身装はむ櫛笥なる黄楊の小櫛も取らむとも思はず 播磨娘子  巻9-1777

(石川太夫が帰任するときに、播磨娘子が送った歌2首のうちの1首。播磨娘子は遊行女婦(うかれめ)か。遊行女婦のなかには、歌を詠み琴をかき鳴らし、知識人と対等に付き合うことのできる女性がいました。
貴方がいない、そう考えると櫛を使って身づくろいなどしません、と決意を陳べる播磨娘子。古代、櫛は「奇し」に音がつながり、呪力のこもるものと考えられていました。櫛で髪を梳くと髪に力が与えられ、魂も活気を帯びる --- このことから、「櫛を取らない」で石川太夫になみなみならぬ思いを寄せていたことが分かります。)

 朝月の日向黄楊櫛古りぬれど何しか君が見れど飽かざらむ  作者不詳 巻11-2500

 夕されば床の辺去らぬ黄楊枕何しか汝れが主待ちかたき  作者不詳 巻11-2503
(寄物陳思の歌。黄楊枕は男性を待っている女の姿。どうして主人に会うことが出来ないのか、と枕に話しかける女。)

 娘子らが後の標と黄楊小櫛生ひ変り生ひて靡きけらしも  大伴家持 巻19-4212
  
娘子が後の世に形見として残し地に刺した黄楊の櫛が根付いて枝を伸ばしたらしい。
芦屋の菟原処女(うないおとめ)という美しい娘が、同じ里の菟原壮士(うないおとこ)と和泉国から来た茅渟壮士(ちぬおとこ)の二人に求愛され、世をはかなみ自殺したという伝説を元に家持が詠みます。

     葦屋の菟原娘子の八年子の片生ひの時ゆ.......(長歌)    高橋虫麻呂歌集 巻9-1809
     葦屋の菟原娘子の奥城を行き来と見れば哭のみし泣かゆ  高橋虫麻呂歌集  巻9-1810