万葉の植物  つばな  を詠んだ歌
                              2011.7.7 更新

 
  
   つばな (万葉表記  茅 茅花 茅草 茅萱 )       チガヤの穂 ( イネ科)

チガヤ(茅萱)は、イネ科の多年草。田畑、川原、土手など日当たりがよく乾燥気味の場所に群生し、初夏には30センチ〜50センチに生長し、子猫の尻尾のような細長い花穂を伸ばします。
白い花穂が風に揺れる初夏、梅雨に打たれて垂れ下がる花姿 --- 遠目には夏咲きの短いススキのようにも見えなくもありません。秋の初めに穂がほほけ、紅葉するさまは、次第に高くなる空に映えて風情のあるものです。
花穂が膨らみ始めたチガヤを抜き取り、丁寧に皮を剥き中身を集めて食したのは子供の頃の懐かしい思い出。噛み始めはほんのり甘く、言わば昔のチューインガムでした。
それもそうです。チガヤはサトウキビ(イネ科)と親戚なのですから。
「つばな抜く」とは晩春の季語。

その昔火を起こすときにツバナの綿毛を利用したことから。 「火付け花 → つばな」という説も。

チガヤの語源には各説あります。
・出たばかりの穂が赤いことから。たしかに春の野は赤く染まります。紫外線から穂を守るためか?
・草原に群生する様を「千の萱=チガヤ」とした。
・若い穂の味はほのかに甘く「乳」の味がすると考えた。


チガヤ(茅萱)
を詠んだ歌はたくさんありま。集中浅茅(あさじ)、浅茅原(あさじはら ・あさつばら)と詠み込まれています。浅茅(あさじ)は、背の低いものを言い、古代はその繁殖力の強さから呪力をもつ聖なる植物とされていました。 端午の節句の「粽(ちまき)」は、茅萱の葉っぱで餅を包んだことから名づけられたらしいですね。正月から半年間の罪や穢れを祓うため、茅の輪(茅萱で 作った輪)くぐりの神事が各地の神社で行われます。
茅(ち=かや)とは、茅萱(ちがや)菅(すげ)薄(すすき)などの総称。
茅草で作られた大きな輪をくぐると疫病や罪が祓われるとされとされました。(夏越しの大祓え)
普通にある植物だと思っていましたが、2年越しでやっと群生地を見つけました。うれしい。
つばなの写真を撮り帰宅した夕べ、ヒグラシの声が聞こえてきました。 カナカナ、カナカナ---。
私の住む場所ではアブラゼミの声は聞こえてこず、初めから終わりまで、ヒグラシ一辺倒の夏が続きます。


 印南野の 浅茅押しなべさ寝る夜の け長くしあれば 家し偲ほゆ   山部赤人 巻6-940

 浅茅原 つばらつばらにもの思へば  古りにし里し思ほゆるかも   大伴旅人 巻-3 333

 家にして 我れは恋ひむな印南野の  浅茅が上に照りし月夜を   作者不詳 巻7-1179

  山高み 夕日隠りぬ浅茅原  後見むために標結はましを       作者不詳 巻-7 1342

 君に似る 草と見しより我が標めし  野山の浅茅人な刈りそね     作者不詳 巻7-1347

 茅花抜く  浅茅が原のつほすみれ 今盛りなり我が恋ふらくは     田村大嬢 巻8-1449

 戯奴がため  我が手もすまに春の野に 抜ける茅花ぞ食して肥えませ 紀女郎 巻8-1460
(思いを寄せる家持を「戯奴」と表現する。紀女郎は恋の手だれか。 万葉末期の宮廷文化もここまで爛熟しました。恋を楽しむ --- 明るい恋歌です。)

 我が君に 戯奴は恋ふらし賜りたる  茅花を食めどいや痩せに痩す   大伴家持 巻8-1462
(しかし、食しても痩せるのですね、と家持。繊細な神経を持つ痩身の貴公子。)

 秋萩は 咲くべくあらし我がやどの  浅茅が花の散りゆく見れば    穂積皇子 巻8-1514
  ( 穂積皇子は天武天皇の第5皇子。つばなの花が散る、との表現が新鮮)

 今朝鳴きて  行きし雁が音寒みかも この野の浅茅色づきにける    安部虫麻呂 巻8 1578

 松蔭の 浅茅の上の白雪を  消たずて置かむことはかもなき      大伴坂上女郎 巻8-1654
  (雪の歌一首。秋も深まり、初雪の朝を迎えたのか)

 秋風の 寒く吹くなへ我が宿の  浅茅が本にこほろぎ鳴くも       作者不詳 巻10-2158

 秋されば 置く白露に我が門の  浅茅が末葉色づきにけり        作者不詳 巻10-2186
 
 我がやどの  浅茅色づく吉隠の 夏身の上にしぐれ降るらし       作者不詳 巻10-2207

 浅茅原 小野に標結ふ空言を  いかなりと言ひて君をし待たむ     柿本人麻呂歌集 巻11-2466

 浅茅原 刈り標さして空言も  寄そりし君が言をし待たむ        作者不詳 巻11-2755
 
 浅茅原 茅生に足踏み心ぐみ  我が思ふ子らが家のあたり見つ      作者不詳 巻11-3057
  (このリズムが軽やかですね。見るだけで満足なのでしょうか)

 浅茅原 小野に標結ふ空言も  逢はむと聞こせ恋のなぐさに       作者不詳 巻12-3063

 天にある やささらの小野に茅草刈り  草刈りばかに鶉を立つも    作者不詳 巻16-3887 
  (題辞に「おそろしき物の歌3首」。草刈場から鶉が飛び立ったので驚いたと。)