万葉の植物   さくら  を詠んだ歌
                               2011.4.20 更新          

 

     
    遠くに見えるのは、那須の山 (ミネザクラ)

   さくら  (万葉表記  桜 佐久良 作楽 左案)      山桜の総称  (バラ科)                                     

集中桜を詠み込んだ歌は46首。桜と歌わずに単に「花」と桜を詠んだ歌が数首あります。さくらは、咲く、裂く、酒、咲き映ゆるなどと同じ語根の言葉で、閉じこもっていたものが開き、明るく陽気な状態になるという意味。
旧字では「櫻」と書き、貝で綴った首飾りの意味で、桜の美しさを表しています。
別名「花王」、「木の花」、「手向け草」、「吉野草」、「春告草」、「夢見草」、「あけぼの草」など。
語源は麗しく咲くので「咲く麗(さきうら)」とも、咲く花の総称で「咲くらん」とも。
「さ」は、田の神様である稲の精霊で、「くら」は鞍や倉に通じる意味があり、神座(かみくら)からきていると言われ、豊凶を占った神木であったとも考えられています。

梅の歌120首に比べると歌の数は少ないのですが、梅の花は貴族が珍重した舶来趣味 で、万葉びとは浮かび上がるように咲く山桜の、夢のような美しさを称えました。

奈良時代の「桜」は、現に咲いている桜、眼前に咲く桜、想像上の桜が詠まれ、世の中の無常を感じて嘆く歌は見られませんが、平安時代に入ると、世のはかなさを散る桜に重ねて歌われるようになってきます。
「左近の桜、右近の橘」 --- 平安京大内裏正殿の紫宸殿の階段下に植えられている桜。平安時代には、桜が花を代表するようになったのでしょう。

*山桜----ヤマザクラ エドヒガン オオシマザクラ オオヤマザクラ タカネザクラ マメザクラ ミネザクラ など。
 

 あしひきの 山桜花日並べて かく咲きたらばいたく恋ひめやも        山部赤人   巻8-1425

 
やどにある 桜の花は今もかも 松風早み地に散るらむ            厚見王    巻8-1458
 
(愛する久米女郎が心変わりをしたのではないか。風が強く桜が散り敷いている)

 世間も 常にしあらねばやどにある 桜の花の散れるころかも         久米女郎   巻8-1459
 
(世の中は定めないものでしょう。桜も散りました。世の中=男女関係を意味する) 

 い行き逢ひの 坂のふもとに咲きををる 桜の花を見せむ子もがも      高橋蟲麻呂  巻9-1752
 (花は美しい人であり、人は花のように照り輝くばかりに美しい。人と花が一体化)

 絶等寸の 山の峰の上の桜花 咲かむ春へは君し偲はむ           播磨娘子   巻9-1776
 (桜を見るたびに、貴方様を思い慕うことでしょう。身分ある男性に桜をたとえています) 

 うちなびく 春さり来らし山のまの 遠き木末の咲き行く見れば       作者不詳 巻10-1865
  
(桜と言わず桜を詠んでいます)

 阿保山の 桜の花は今日もか も散り乱ふらむ見る人なしに         作者不詳 巻10-1867
  (会っては分かれる人の姿と、桜の散るさまを重ね、気の合う人共に桜を味わいたいという思い)

 見わたせば 春日の野辺に霞立ち 咲きにほへるは桜花かも         作者不詳 巻10-1872

  
春日なる御笠の山に月も出でぬかも佐紀山に咲ける桜の花の見ゆべく     作者不詳 巻10-1887
 
(月の光をあびて輝く桜の花のあやしいまでの美しさ。)

  桜花 咲きかも散ると見るまでに 誰れかもここに見えて散り行く       人麻呂歌集 巻12-3129  
 
(長旅にあって故郷の妻を桜に重ね、思い慕っても会えない妻を散る桜に寄せて)

 春さらば かざしにせむと我が思ひし 桜の花は散りにけるかも          作者不詳 巻13-3786 

 あしひきの 山桜花一目だに 君とし見てば我れ恋ひめやも            大伴家持 巻17-3970
 
(親しい大伴池主へ贈った歌。あなたと共に桜を見たい)

 桜花 今ぞ盛りと人は言へど 我れは寂しも君としあらねば            大伴池主  巻18-4074
 
(あなたと共に見ることができないので楽しくない。寂しい。情趣の分かる人と見たい)

 今日のためと 思ひて標しあしひきの 峰の上の桜かく咲きにけり        大伴家持 巻19- 4151
  
(この時代、宴のために桜を飾ったのです 。)

 桜花 今盛りなり難波の海 押し照る宮に聞こしめすなへ            大伴家持 巻20-4361 

 龍田山 見つつ越え来し桜花 散りか過ぎなむ我が帰るとに          大伴家持 巻20-4395