万葉の植物 さきくさ  を詠んだ歌
                              2010.12.8 更新           

   

   
  ミツマタ (ジンチョウゲ科)             ジンチョウゲ (ジンチョウゲ科)
   
 イカリソウ (メギ科)                  フクジュソウ (キンポウゲ科)

   さきくさ  (万葉表記  三枝 )  

ミツマタ (ジンチョウゲ科)、 ジンチョウゲ (ジンチョウゲ科) 、イカリソウ (メギ科)、  フクジュソウ ( キンポウゲ科)、マツ(マツ科)、ヒノキ(ヒノキ科)、ミツバ(セリ科) など。
候補として挙げられる植物は10指に余ります。ここでは代表的なものを4種挙げました。

万葉集に歌われた「三枝(さきくさ)」が現在のどの花に当たるのかはっきりしていません。ふさわしいものとしてミツマタ、ジンチョウゲ、イカリソウ、フクジュソウなどの名前が挙げられています。
歌から受ける印象とミツマタの古名や地方名が近いことから、現在さきくさ=ミツマタとする説が有力。しかし中国から渡来した時期が万葉以前ではなく、後代16−17世紀という記録もあり、確定は難しいようです。

 ミツマタ(三椏)は中国原産のジンショウゲ科の落葉低木です。枝先で3本分かれるので、ミツマタ。早春葉が出てくる前に黄色い手毬のような花をつけ、まだ枯れの目立つ景色を彩ってくれます。
樹皮は和紙の原料としても知られていて、紙幣などの上質紙に欠かすことが出来ない原料です。山地で栽培され、一部野生化したものが見られます。樹皮を叩いてほぐし良質の強い繊維を利用して織物や布を作った記録も見られます。
晩秋のころ、白銀色のビロードのような短毛に覆われたつぼみが、ひっそりとうつむきかげん に佇む姿は風情があり、茶花として使われます。
春めくと急速に開花する姿は、いかにも「さきくさ」に相応しいと思うのです。

 ジンチョウゲ (沈丁花)は、今日「サキクサ」と目されているミツマタと同科の植物。姿形が似ていて、早春、枝先ごとに多数の小花を咲かせ、芳香があることも共通項として認められます。
沈香と丁子を併せた香り=沈丁花・ジンチョウゲ。
中国原産の常緑低木で、雌雄異株。日本には雄株のみ伝えられました。花に見えるのはガク。ミツマタの代用として和紙の原料としても使われます。
 

イカリソウ (碇草) 三つに分かれた枝、春に咲く、薬効がある。これらから、サキクサ=イカリソウの説が唱えられますが、花の咲く時期が八重桜のころと、他の3首に比べやや遅く、存在感を感じさせません。
しかし「サキクサ」の「クサ」を「草」だと考えるとこのイカリソウ説もうなずける部分があるようですね。

フクジュソウ(福寿草)  めでたい名前の花ですね。春を告げる花の代表でしょう。
元日草や朔日草の別名も持ちます。
咲き始めは花茎が伸びず、まるで地面から直接花を咲かせているように見えます。日が当たると開き、曇りの日や夜間は花を閉じる陽気な花。それもそうです。何枚もある花びらは開き切るとまるでパラボラアンテナのようで、太陽熱を集めせっかく受粉した種子を大事に守っているのです。
スプリング・エフェメラル --- 春の妖精の一つ。
しかし、下に記した山上憶良の歌の「さきくさの なかにを寝むと」の表現に合致しません。個人的にはこの花が大好きで贔屓にしたのですけれど。

さて、あなたはどの花が「さきくさ」に相応しいとお思いでしょうか。
 

『万葉集』には、2首に登場します。花そのものではなくて、枕詞として使われています。

男子名は古日に恋ふる歌三首のうち
  世間の 貴び願ふ七種の 宝も我れは何せむに 我が中の生れ出でたる白玉の 我が子古日は明星(の 明くる朝は敷栲(の 床の辺去らず立てれども 居れどもともに戯れ夕 星の夕になればいざ寝よと 手を携はり父母もう へはなさがりさきくさの 中にを寝むと 愛しくしが語らへばいつしかも 人と成り出でて悪しけくも 吉けくも見むと大船の 思ひ頼むに思はぬに 邪しま風のにふふかに 覆ひ来れば為むすべの たどきを知らに白栲の たすきを掛けまそ鏡 手に取り持ちて天つ神 仰ぎ祈ひ祷み国つ神 伏して額つきかからずもかかりも 神のまにまにと立ちあざり 我れ祈ひ祷めどしましくも 吉けくはなしにやくやくに かたちつくほり朝な朝な 言ふことやみたまきはる 命絶えぬれ立ち躍り 足すり叫び伏し仰ぎ胸打ち嘆き手に持てる我が子飛ばしつ世間の道  
                         (長歌) 山上憶良 巻5-904                                              

(三という数字が重要で、「中」にかかる枕詞として使われています。川の字で寝たのですね)

  春されば まづさきくさの幸くあらば 後にも逢はむな 恋ひそ我妹    柿本人麻呂歌集 巻10-1895
(無事であったらまたいつか会えるでしょう。分かれるのは悲しいことですが、あまり心を苦しめないで恋しい人よ。
 「まず咲き」と「幸くあれば」に「さきくさ」が掛けことばとして遣われています)