万葉の植物  まつ   を詠んだ歌
                                2012.6.16 更新         

 
  
     まつ  (万葉表記  松 麻都 末都 )      マツ  (マツ科) アカマツ クロマツ

まつは、マツ科の植物の総称。松にはアカマツ、クロマツ、ヒメコマツ、ゴヨウマツ、ハイマツなどがありますが、一般に「松」と言えば 白砂青砂 --- 海岸に育つ黒松と、山地に見られる赤松を思い浮かべることでしょう。
常緑高木。花は4月頃に咲き、翌年の秋、松ボックリ(まつかさ)ができます。
以前住んでいた大阪では、この松ぽっくりを「ちんちろ」と呼んでいました。響きの良い可愛らしい名前です。
松は四季その濃い緑の色を変えず、寒さ暑さに耐えて直立していることから、古くから、神の憑り代(よりしろ)として --- つまり神霊が宿り、神様が天から降りてこられる木として 神聖なものとされました。松は神を祀る(まつる)から来たとも言われています。
現在も正月に門松とし
飾られ めでたいもの、長寿の象徴とされています。
松は日本人に最も愛された樹木です。松は建築、家具、燃料などに利用される有用な樹木。特に生活に密着していることから、身近で親近感を持たれさまざまな表現で歌に詠みこまれています。
昭和天皇が愛でた那須街道の松並木は、今も丁寧に管理され後の世に繋げようとする努力がなされています。その下には紫陽花が咲き乱れ、梅雨の林を彩っています。

   
 たれをかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに  藤原興風 『古今集』 
   
    (発展して謡曲「高砂」になり、松の長寿と人間の長寿を重ねるようになります。)
 
『万葉集』には萩や梅の次に多く詠まれています。集中79首。

我が背子は 仮廬作らす草なくは 小松が下の草を刈らさね   中皇命 巻1-11

 白波の 浜松が枝の手向 草 幾代までにか年の経ぬらむ    川島皇子 巻1-34

  (手向草とは、旅の安全を願って神に捧げる物。布、糸、木綿など。手向草の古いことから、この松の木が老木であることを表します。)

いざ子ども 早く日本へ大伴の 御津の浜松待ち恋ひぬらむ   山上憶良 巻1-63

  (遣唐使の小録として渡唐した山上憶良が、帰朝を前に詠んだ歌。松と待つに掛け、さらに親しい人に見立てて。海岸に松林が続く眺めは日本の原風景として憶良のこころにあったのかもしれません。)

 み吉野の 玉松が枝ははしきかも  君が御言を持ちて通はく 額田王 巻2-113

  (弓削皇子(天武天皇の皇子)が苔の生えた松の枝を折って贈ったのに答えて、額田王が詠んだ歌。この時皇子は20代、額田王は60代か。
   弓削皇子が詠んだ歌は、  いにしへに 恋ふらむ鳥は霍公鳥 けだしや鳴きし我が念へるごと  梅雨の今朝、頭の上を霍公鳥が啼きわたっています。 )


 磐白の 浜松が枝を引き結び  ま幸くあらばまた帰り見む   有馬皇子 巻2-141

  (有馬皇子は孝徳天皇の皇子。父天皇の薨去後、斉明天皇の後継者として有力視されていましたが、蘇我赤兄の謀略に遭い、処刑されます。磐白は現在の和歌山県日高郡南部町岩代。松の枝を結び、魂を結び込め、己の命よ長かれと祈りました。)

 磐代の 岸の松が枝結びけむ  人は帰りてまた見けむかも   巻2-143
 磐代の 野中に立てる結び松  心も解けずいにしへ思ほゆ    巻2-144
 後見むと 君が結べる磐代の  小松がうれをまたも見むかも   巻2-146


 妹が名は 千代に流れむ姫島の  小松がうれに蘿生すまでに  河辺宮人 巻2-228

   (短命に終わった乙女の死を悼んで。)

 石室戸に 立てる松の木汝を見れば  昔の人を相見るごとし    博通法師 巻3-309

  (松を昔の人と見て詠む。)

 白鳥の 飛羽山松の待ちつつぞ  我が恋ひわたるこの月ごろを     笠郎女 巻4-588

  (松に待つを掛ける。白鳥は飛ぶを導く枕詞。「白鳥の飛羽山松の」は「待つ」の序詞。大伴家持へ送った相聞の歌。)

 君に恋ひ いたもすべなみ奈良山の  小松が下に立ち嘆くかも     笠郎女  巻4-593

  (奈良山は奈良市近郊北部の丘陵。家持に対するやみがたい恋心を歌い上げ、待っても会えない悲しさをつぶやく郎女。)
 
 松の葉に 月はゆつりぬ黄葉の  過ぐれや君が逢はぬ夜ぞ多き      池辺王 巻4-623

 韓衣 着奈良の里の嶋松に  玉をし付けむよき人もがも           笠金村 巻6-952

 茂岡に 神さび立ちて栄えたる  千代松の木の年の知らなく        紀朝臣鹿人  巻6-990  

  (茂岡は現在の桜井市、または木々が茂っている山とも取れますか。この松の千年も経ったかと思われる立派さよ。)

 一つ松 幾代か経ぬる吹く風の音の  清きは年深みかも        市原王 巻6-1042

  (一本松に対して、呼びかける歌。志市原王は。志貴皇子の曾孫。 天平16年1月、下の歌の同じ日に詠まれた歌。新年に年老いた松が趣きあるものとして寿いでいます。)

 住吉の 岸の松が根うちさらし  寄せ来る波の音のさやけさ       作者不詳 巻7-1159

  (年を重ねた松は、昔のことを良く知っていることだろう --- その松の根を洗い寄せ来る波の音がすがすがしい。)

 あしひきの  山かも高き巻向の 崖の小松にみ雪降りくる    柿本人麻呂歌集  巻10-2313

 巻向の 桧原もいまだ雲居ねば  小松が末ゆ沫雪流る      柿本人麻呂歌集 巻10-2314

  (巻向く山は神の山・三輪山の東側の山。沫雪が流れるようにかかる --- 美しい表現です。)

 住吉の 浜松が根の下延へて  我が見る小野の草な刈りそね  大伴家持 巻20-4457

   ( 住吉は歌枕となっている松の名所。住吉の松 --- 浜松への序詞。松が地中深く根が延ばしているように、貴方に深く思いを寄せる私です。)

 松の木の 並みたる見れば家人の  我れを見送ると立たりしもころ  防人の歌 物部真鶴 巻20-4375

  (下野の国の防人の歌。天平勝宝7年(755年)故郷を旅立つ時の歌。松を人と見立てて。)

 松の花花数にしも我が背子が思へらなくにもとな咲きつつ               平群女郎 巻 17-3942

  (思いを寄せた大伴家持に詠みかけた歌。平群女郎は家持に無視されます。しかし、無視した相手の歌を記録に留めるとは、不思議な心の動きです。)

 八千種 花は移ろふ常盤なる 松のさ枝を、我れは結ばな       大伴家持 巻20-4501

   (松はめでたいものとして寿ぎ歌に歌われます。天平宝字2年(758)2月に中臣清麻呂の邸宅で行われた宴席での歌。さ枝と松を斎きます。)