万葉の植物 かつら  を詠んだ歌
                                2011.12.5 更新         

 
    

   
かつら (万葉表記   楓 加都良 桂 )      カツラ (カツラ科)

中国から朝鮮、日本に自生する落葉高木。水辺を好み生命力が強く、生育旺盛なため大木に育ちます。樹形は整って美しく風格があり、葉は写真に見られるように心形(ハート型)、雌雄異株。
那須のロイヤル・ロードの何キロかには、このカツラの木が街路樹として植えられて、春の芽吹き、新緑、黄葉と季節を感じさせてくれる美しい道です。
材は素直なので家具、楽器、彫刻、碁盤、将棋盤などに使われています。身近なところでは包丁の当たりが柔らかい「まな板」として。
もう一つ、特記すべきことがあるのです。それは「香り」。
落葉した葉から、カラメルの香りと表現される甘い香りが漂います。やや早め、中秋を過ぎた頃に始まる落葉、続くひそやかな香り、秋風に乗って吹き溜まる茶色の葉のかそけさ ----。
葉は詩を詠います。秋の到来を告げる風物詩でしょうか。

「カツラ」の説明はややこしいのです。そもそも、日本と中国で「桂」が混同されていたのが問題なのでした。
「桂」の語源をさかのぼると、「桂」とは樹木や花が香りの良い木一般を表しますが、特に次の植物にあてはまります。
・ カツラ    - カツラ科の高木。国訓。現代の桂・カツラ
・ モクセイ   - モクセイ科の小高木。桂樹・桂花。桂花酒は金木犀の香りのする酒 現代中国語での「桂」。
・ ゲッケイジュ  - モクセイ科の高木。月桂。
・ クスノキ科ニッケイ属の樹木。香料に使う。桂皮(シナモン)

国訓の「桂」が使われるまでの『万葉集』に詠まれた楓(カツラ)は、本来マンサク科の楓(ふう)を、桂は肉桂(にっけい)を指す文字でした。つまり、「桂」という漢字は、あるときにはモクセイ(木犀)を指し、またあるときには肉という字と結びついてニッケイ(肉桂)であったりしているのです。
ではなぜ?
「 桂」は前述のように香りのよい木一般をあらわす語で、はじめは主にニッケイを指していたが、モクセイが桂の意味で広く使われるようになると、最終的にはモクセイの意味となった。さらに「桂」の字を使った肉桂(ニッケイ)は、特定の言葉において残り現在にいたると。

さらに中国には今に伝わる伝説があり --- それは「月のなかに桂の木があり、それは高い理想を表す」というもの。
「桂の枝を折る」とは優れた人材を、桂の枝にたとえて「官吏登用試験(科挙)」に、それも進士に合格することを言います。月桂ですね。
月桂冠というお酒あり、月桂樹を勝利者に捧げる伝統もあり。ただし、この桂は時に月桂樹であったり、金木犀であったり。

整理してみると、
 日本の桂・カツラとは雄桂、牡桂のこと。対する雌桂、牝桂とはヤブニッケイの古名。
  「ヲカツラを楓」としているが、本来はマンサク科の楓(ふう)のこと。
  桂は肉桂(につけい)を指すこともある。カツラには桂の字が当てられるが、中国では木犀をさす。

「桂林」 --- 中国の景勝地。澄んだ川の流れと両岸に連なる山々。山水画そのものの風景。
「漓江と桃花江は青い絹の帯のよう、そびえる山々は碧玉のかんざしのよう」。
「桂花酒」 咲き始めの金木犀の花を両手一杯集め、それを1合の酒に漬け込みます。紅茶に合います。

『万葉集』では、のちに桂という字が使われるまでは、カツラに「楓」の字が当てられています。
  木に寄す
 向つ岡の 若楓(わかかつら)の木 下枝(しづえ)取り 花待つい間に 嘆きつるかも  
                                     作者不詳 巻7-1359 

(乙女を我がものにし、成長を待っている間が待ち遠しく嘆かわしい。カツラの新緑は乙女にふさわしく初々しいものです) 

 月に見て 手には取らえぬ月の内の 楓(かつら)のごとき妹をいかにせむ    湯原王 巻4-632 

 (手に取ることの出来ない、愛しいあなたをどうしようか。ここの楓は月の中にあるという中国の樹木。カツラと考えましょうか。それとも金木犀を想像しましょうか)
(作者は天智天皇の孫。志貴皇子の子で有名な歌人。求愛の為に訪ねていった皇子を家の中に入れず追い返した娘子を恨んで詠んだ歌。)                    

  黄葉を詠む
 黄葉する 時になるらし月人の 楓(かつら)の枝の 色づく見れば         作者不詳 巻10-2202 

(黄葉するカツラ、黄金色の金木犀の花。いずれも良い香りを漂わせます。「枝が色づく」 からやはりカツラの木か。天の黄葉と地の黄葉。互いに響きあい秋を奏であう。)   




 


 キンモクセイ
 開花したての花を、焼酎に漬け込むと「桂花酒」のできあがり。