万葉の植物      ふじ を詠んだ歌
                            2010.4.14 更新                           

 
   
     ふじ (万葉表記 藤 不治 敷治)     フジ (マメ科)

フジにはヤマフジ(ノフジ)とフジ(ノダフジ)があ り、広く分布していますがヤマフジはやや暖地性植物で、関西以西に生育しています。詠まれているのは主にノダフジですが、万葉人はこの2種類の藤を区別していなかったようで す。
見分けるには蔓の巻き方を見ます。(藤は右巻き、山藤は左巻き。地面から生長する方向を見て)

                     
集中藤を詠んだ歌は26首。桜の46首には劣りますが、春の桜から初夏の藤へと万葉人の季節を感じる視線が移り変わっているのがうかがえます。
藤で忘れてはならないのは、藤の繊維で織った布。強く防水に優れていることから、後の時代まで作業着として使われています。
平安貴族の喪服はこの藤布製だったといいますから、布としての位置は卑俗、卑近なものだったのでしょう。
反して、長く垂れた藤の花房が風に揺れ、波立つさまを藤波と詠まれることが多く、その高貴な色から品格ある花とされています。                   
藤は神聖で霊力のある植物とされていました。稲穂を連想される花穂の揺れが豊作を念じ予兆する木としての意味を持つからです。
さらに藤の花には神が宿るとされていました。神職であった中臣鎌足が、大化の改新後中大兄皇子の腹心として働き、臨終に際して天智天皇から藤原姓を賜ったのも、一族の繁栄を藤の神聖性に祈念しようとしたからかもしれませんね。
藤は文様や意匠、家紋として用いられているのは良く知られるところです。

秋の終わり、林を歩いていると、頭の上から「ぱかぁん」と音がすることがあります。
それは鞘が弾けて中の実が飛び出す音。炒って食べるとなかなか美味で、ポリフェノール豊富な藤の実です。。
 

集中24首。
 
藤波の花は盛りになりにけり奈良の都を思ほすや君         大伴四綱    巻3-330

 大宰府に赴任した作者が、上官大宰府の帥大伴旅人に呼びかけます。「故郷奈良の都を思い出しにはなりませんか。」)

 わが盛りをまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ 大伴旅人    巻3-331(世綱に対して)

  (若い頃に戻って奈良の都を見たいものだと詠う旅人。願い叶って帰京した翌年、薨去。子供の頃暮らした飛鳥の地を見ることが出来たのでしょうか。)

 恋しけば形見にせむと我がやどに植ゑし藤波今咲きにけり       山部赤人    巻8-1471

 日野の藤は散りにて何をかもみ狩の人の折りてかざさむ        作者不詳    巻10-1974

 藤波の茂りは過ぎぬあしひきの山霍公鳥などか来鳴かぬ            久米広縄      巻19-4210

 霍公鳥鳴く羽触れにも散りにけり盛り過ぐらし藤波の花                 大伴家持    巻19-4193

 かくしてぞ人は死ぬといふ藤波のただ一目のみ見し人ゆゑに     作者不詳   巻12-3075

 恋しけば形見にせむと我がやどに植ゑし藤波今咲きにけり      山部赤人 巻8-1471

 大王の塩焼く海人の藤衣なれはすれどもいやめづらしも        作者不詳  巻12-2971

  (藤のつるの皮を剥いで繊維にし、織った粗布は労働着でした。慣れてはいるものの、お前はいつもいつも可愛い。力強い表現です。美しい藤の花。そして生活の資の衣料として利用できる藤は身近なものでした。)