万葉の植物  ははそ   を詠んだ歌
                           2012.10.14 更新              

 

    
    楢の林                             クヌギの花穂


   
ははそ (万葉表記   母蘇 波播蘇 波波蘇 )      コナラ、ミズナラ、クヌギなどの総称 (ブナ科)

日当たりの良い場所に生える落葉高木。左の写真のような里山に多く見られます。春の銀葉も美しく、右写真のように花穂を垂らし花を咲かせ、黄色から赤銅色に変化する秋の紅葉も見所があります。
コナラのどんぐりは1年で結実しますが、タンニンが多く人間が食すにはアク抜きが必要。
材は建築、家具、薪炭の材料に、身近なところでは椎茸のホダギとして使われます。
樹皮が染料として利用された歴史もあり、その色(つるばみ色)は普段着として重宝されました。「ハハソ」は古代の都のあった奈良地方の標準語であり、「コナラ」は東国の方言だったと考える説が有力です。
ならば昔の方言が標準語を凌駕したと珍しいケースに当たります。
更に「ハハソ」は現在のコナラの他に、姿や形が似通ったブナ科のミズナラやクヌギなどブナ科の植物の総称としても使われていたようです。 そして、コナラが「ナラ・奈良・楢」へと変化して行きました。
「奈良」の語源はこのコナラが多く生える地から。
 
  山科の石田の小野のははそ原見つつか君が山道越ゆらむ    藤原宇合  巻9-1730

   (藤原宇合は、藤原不比等の子、遣唐使、常陸守、大宰府帥など を歴任。多くの旅をしています。この歌は家に在る妻の立場になって詠んでいる珍しいもの。ははその林を見ながら、あの方は山路を越えていらっしゃるのか---。)

上の歌の前後には、次のような歌が見られます。

   暁の夢に見えつつ梶島の礒越す波のしきてし思ほゆ       藤原宇合  巻9-1729 

   山科の石田の杜に幣置かばけだし我妹に直に逢はむかも    藤原宇合  巻9-1731

   (幣を置き、手向けの祀りをしたら恋しい妻に逢えるだろうなぁ。わぎも、いい響きの言葉です)


家持の歌2首

  ちちの実の父の命ははそ葉の母の命おほろかに.......(長歌 ) 大伴家持 巻19-4164

  (「ちちの実」は「父」の、「ははそ葉」は「母」の枕詞。父や母がいいかげんな心を傾けて育てたあなたではありません。男子たるもの空しく世に役立たぬ人間で終わるべきでない、と子を励ます---喝を入れる歌。)

 大君の任けのまにまに島守に我が立ち来れば.......(長歌)   大伴家持 巻20-4408

  (「防人が悲別の情を陳ぶる歌」としてあります。)