わすれなぐさ     

  わすれなぐさ  ワスレナグサ ムラサキ科ワスレナグサ属の種の総称

広義には、ムラサキ科ワスレナグサ属の種の総称。
園芸業界でワスレナグサとして流通しているのは、ノハラワスレナグサ、エゾムラサキなど。
種間交配種も出回り、普通広義の意味で使われます。花期は春、特にパンジーとの取り合わせが美しく、また一種類で群れて咲く風景も、こころ奪われる美しさです。
見かけによらず性質は強健で、日当たりが少なくても生育し、寒さにも強いのですが、高温多湿にはまったく弱く、春が長けるに連れて萎れてしぼんでしまいます。種蒔きは秋、こぼれ種でも増えます。

 あたらしい服ができるからって・・・・たとえ、勿忘草色のオーガンディ(forget-me-not organdy)であるにしろ・・・こんなに、嬉しくなるのかと思うと、恥ずかしくなるわ」       
        『アンの青春』 第28章 魔法の城へ王子来たる

(She took Miss Lavendar on a shopping expedition to town and persuaded her to buy a new organdy dress; then came the excitement of cutting and making it together, while the happy Charlotta the Fourth basted and swept up clippings. Miss Lavendar had complained that she could not feel much interest in anything, but the sparkle came back to her eyes over her pretty dress.)

 食事がすむと、ミス・ラヴェンダーは自分の部屋へ行き、仕立てたばかりの勿忘草色のオーガンディ(new forget-me-not organdy)に着かえ、アンに髪を結ってもらった。二人ともひどく興奮していたが、ミス・ラヴェンダーは冷静な無関心なふりを装った。  ( ステファン・アービングが訪ねてくる宵に。)  
         『アンの青春』 第28章 魔法の城へ王子来たる

(They went through the form of having tea as usual that night at Echo Lodge; but nobody really ate anything. After tea Miss Lavendar went to her room and put on her new forget-me-not organdy, while Anne did her hair for her. Both were dreadfully excited; but Miss Lavendar pretended to be very calm and indifferent. )

  スイスアルプスの山のなか 自生種 
 黄色い花は、アルケミラ・モリス 
  白い花はデイジー
 
        庭のわすれなぐさ
 

まず、オーガンディの生地とは。女性の方はとっくにご存じですから、説明はやめにします、ともいかず・・・。薄くて半透明の、しかも軽くて張りとこしのある綿・絹などの織物を言います。
もともとは綿の織物で、目の粗い平織で薄地のものを呼んだようです。夏の女性用のドレスや、コサージュをつくるのに用いられました。これが絹で織られたら「シルク・オーガンディ」。
女性ならあこがれる織物ですね。
透明感があるうえに張りがあって光沢がある・・・涼しくて暖かい、着ていて心地よく満足感に浸れる服地でしょう。
ただし自然素材を使った生地ですから織物としての安定感に欠けることがあります。
そこで、最近の主流はポリエステルやレーヨン、ナイロン製のオーガンジー。
シルクとも見まがう光沢と強さを持ち、品質の安定性はシルクよりも優れます。やはり女性のドレスやブラウス、スカーフなどに使われます。
 
もちろんのこと。アンのこの時代にはまだポリエステル製のオーガンジーなど開発されていませんから、ミス・ラヴェンダーに薦めた生地は綿製のローン生地に似たオーガンディでしょうか。 いえいえ。この場面では絹製でしょう。

アンが初めて会った時のミス・ラヴェンダーの様子は、「雪のような美しい波うつ髪をふくらましたり、出したりして恰好よく結い、少女のようなピンクの頬、やさしい口もと、静かな褐色の目。えくぼさえただよっていた。さらに、うす青いばらの花をちらして、クリーム色のモスリンを着ていた・・・」でしたね。(第21章)

このミス・ラヴェンダーが「勿忘草色のオーガンディ」を着た姿を想像してみましょう。白い髪にうす青色の光沢のある服を着ている姿を。
「私を忘れないで」と声にならない言葉をつぶやくミス・ラヴェンダー。これ以上の取り合わせはありません。

 なぜ、この場面で勿忘草 (わすれなぐさ)なのか? 
これにはドイツのこんな花物語が:

【騎士ルドルフと乙女ベルタの恋人同士がドナウ河の岸辺を散歩していた時、可憐な花を見つけた。ルドルフは彼女にその摘んであげようとして足を滑らせ、川に流された。流されゆくルドルフは折り取った花をベルタに投げたが力尽き、「私を忘れないで(forget-me-not)」と叫びながらドナウ河の藻屑と消えた。】

悲劇の青い花。
河の近くに生えていたせいか、ワスレナグサを栽培するのに水を与えるのを忘れてはいけません。
 このワスレナグサ、ムラサキ科の植物で、『万葉集』で歌われたムラサキの花と同じ仲間です。

   託馬野に生ふる紫草衣に染めいまだ着ずして色に出でにけり  笠女郎 『万葉集』 巻3-395 

この歌、ミス・ラヴェンダーの古くて新しい恋ごころに通じるものがありますね。