ギルバート・ブライスは通路ごしに手をのばしてアンの長い赤い髪のはしをとらえ、腕をのばしたまま低い声ではっきり聞こえるように「にんじん! にんじん!」と言った。
『赤毛のアン』 第15章 教室異変
(Gilbert reached across the aisle, picked up the end of Anne's
long red braid, held it out at arm's length and said in a piercing
whisper:
"Carrots! Carrots!")
ニンジンの赤を「red」と呼ぶ・・・英語の赤には、日本語と比較しても広い意味があるようです。しかしこの時、アンはなぜ石板をギルバートの頭に振り下ろすほどの怒りに駆られたのか?
両親を幼児の頃に失い、愛を受けることないまま他人の家で働き、孤児院で育ったアンが、ようやく安住の地を与えらえた。
ここグリーン・ゲイブルスを。
自意識が目覚めるころは、他人から自分がどう受け止められているのかを迷うものです。
自分の容貌は決して恵まれたものではない、と思い込むアン。鼻の形は自慢できる、でもこの赤い髪が・・。想像力でも補えないものがこの「赤い髪」。
○ 夕光(ゆふかげ)と朱(あけ)の大地のあはひには撫でくるるごと山彦の住む (ka)
島の大地は赤い・・・それに夕日が重なる・・・。
幼いころ、アンは山彦を心の友としていました。自分の言葉で自分の世界を構築したのです。
しかし、アンの想像力はあくまでも現実逃避。
想 像力が及ぶ世界の埒外にあったのが、アンの赤い髪の毛。この「にんじん」の言葉がアンとギルバートを長年隔てる原因になりました。
ゆっくりと降り積もってきた悲しみ、怒り・・・・背負った貧しい過去が、このギルバートのひと言でよみがえり、封印していたに違いない、
かの時のささくれた心に突き刺さった・・・。
意地を張りとおし、自らの矜持を保つことで、過去の生活を耐えることができた。まだまだ自己肯定感がゆれている時期なのに、その聖なる部分にずかずかと踏み込まれてしまった・・・。 |
芝生のえぞ松がある隅には金色や赤褐色の菊が咲いている。りすはいたるところで喜ばしげにおしゃべりをし、無数の丘でこおろぎが妖精たちの踊りのためにバイオリンを弾いていた。リンゴ摘みやにんじん掘りがおこなわれた。
『炉辺荘のアン』 第29章 駒鳥たち
(There
were squirrels chattering joyfully everywhere and cricket fiddlers
for fairy dances on a thousand hills. There were apples to be
picked, carrots to be dug.)
この文章の前後には、秋の終わりの島の風景と、深い雪に閉ざされる冬への準備がなされている様子が描写されています。
子供心にはいかにも楽しげな日常に見えても、生活に責任のある大人にとっては、覚悟のいる日々でしょう。 |
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