キンセンカ色の空  

  きんせんか色の空   キンセンカ
                                
Pot Marigold (Calendula officinalis)  キク科 

和名はキンセンカ(金盞花。千寿菊とも)・・・黄金色の花が福寿草のようにさかずき型をしていることから。
別名はカレンデュラ、またはポットマリーゴールド。聖母マリアに由来する名前を持つこの花の原産地は地中海沿岸。
普通は秋に種を蒔き、春咲きの一年草として扱います。花が小さく那須の寒冷地でも育つタイプもあり、和名はそのまま「冬知らず」。
那須の厳しい冬を乗り越えて、ある日地味に花を咲かせると、嬉しさもひとしお。
古くからハーブとしてその効用が知られています。  (「見ているだけで目が良くなる」。こんな言い伝えも)。
エディブル・フラワー(食用花)で、花びらをサラダに、乾燥した花はサフランの代わりに、キンセンカオイルは血行を良くし、はてはキンセンカ酒をつくることもできる、その上花は美しいときます
花の色はオレンジや黄色を基本にして多様で、一重と八重がありますが、栽培種として出回るのは八重の花が多いようです。
ややアルカリの土を好むので、植える時は、心して石灰や木灰を土壌に混ぜてやりましょう。
花言葉は「慈愛」「乙女の美しい姿」、そして「暗い悲しみ」。
 
 しばらく前に日は沈んだが、なごやかな夕あかりの中にあたり一帯がひと目で見はらせた。西のほうには黒ずんだ教会の尖塔が、きんせんか色の空(a marigold sky)にそびえていた。 
              『赤毛のアン』 第2章 マシュゥ・クスバートの驚き

 (
They were on the crest of a hill. The sun had set some time since, but the landscape was still clear in the mellow afterlight. To the west a dark church spire rose up against a marigold sky.)
 

 

キンセンカは、太陽が昇ると同時に花を開き、夕方花を閉じる性質を持ちます。
もっともこの性質は「太陽を追尾する運動をする」と誤解されることが多いのですが、向日葵にせよ、桜草にせよ、夜間に花を閉じることはあっても、日中に太陽を追いかけることはありません。

    (ヒマワリは、 夜間に降った露や雨を、いち早く乾かすため、花首はみな東を向いています。
     もしどこかで道に迷ったら、花首の方向が東、と覚えておくと便利かもしれません。)

 ギリシャ神話にキンセンカが作られたというお話があります。  

日輪の馬車に乗り、大空を翔っている太陽神アポロンを崇拝していたシシリア島のクリムノンは、アポロンの姿が見えなくなる夜が嫌いでした。
アポロンとクリムノン。この二人の間に芽生えた愛情を嫉妬し、雲の神様がアポロンの姿を8日間も隠してしまいます。
嘆き悲しんだクリムノンは、心弱り、痩せ衰えてしまいます。
9日ぶりにアポロンが見たもの、それはクリムノンが悲しみのために息絶えた姿。
アポロンは二人の愛のあかしとして、クリムノンをキンセンカの花に変えました。
だから今でもキンセンカは太陽に向かって咲くのです。

 * 英文学作品では、太陽との関わりを描かれることが多く、シェークスピア『冬物語(The Winter's Tale)』 には  

 マリーゴールド、日没と共に床につき、朝日と共に泣きながら起き上る。」
      ”・・・the marigold, that goes to bed with the sun,and with him rises weeping.・・・”

  参照  『英文学のために動物植物事典』 ピーター・ミルワード 中山理訳 大修館書店

 

作者:モンゴメリの作品には、夕焼けの空の色について、装飾過剰とも思える形容詞の羅列があります。今回この「きんせんか色の空」の他の表現をご紹介しましょう。  

アンの青春』には:
「空は火のようなしべに、クロッカスの花びらを持った大輪の花のようだった」

『アンの愛情』には:
「ばら色」、「サフラン色」、「石竹色」、「金色」、「・・・日没を形容した部分は削る・・・」、「うす赤い夕日」、「真紅の入り日」、「ピンクのたそがれ」、「真紅の光みなぎる冬の夕焼け空」、「ばら色の光」

アンの幸福』には:
「黄金色」、「砂糖漬けにしたかぼちゃ」、「すみれ色」、「金色の夕日」

『アンの夢の家』には:
「アップル・グリーンの色」、「桃色と黄金色」、「まっかな夕日の海」、「紅色」、「すみれ色のカーテン」、「赤い夕焼け」

炉辺荘のアン』には:
「すみれ色と灰色をまぜた」

アンの友達』には:
「ゆらゆらと動く淡紅色」

 遠く離れたあの孤独な、紫に染まった岬の上に立てば、きっとその向こうに、毎日沈んでゆく太陽の住む国があるにちがいない・・・・。 自伝『険しい道』 山口昌子訳   
 

 

どうにも抑えきれない表現欲に駆られ、次々に言葉を紡ぎだす作者モンゴメリ。
逢魔が時の、今日とも明日の始まりともつかぬ、漂う時間を書き留めておきたい ---- この作家ならではの、誘惑にからめとられる心は理解できなくもありません。
太陽の沈む先には何があるのか。
いずれの国のどの時代にも、人間が根源に持っている思い --- 「西方にあくがれる魂」が作品に散りばめられています。

アンと境遇が似ていなくもない、『ハイジ 』の物語に、こんなシーンがあります。
ハイジがはじめてペーターと山羊たちとアルプへ登った夕方、太陽が沈むのを見て、 

  いつのまにか夕方になり太陽はずっと向こうの山のかげに沈もうとしていました。 ハイジはまた地面に腰をおろし、だまったまま、金色にかがやく夕日に照らされたツリガネソウやロックローズをながめました。草地も黄金色にそまり、岩山は上のほうがきらきらひかっています。ハイジはいきなりとびあがって、大声をあげました。

「ペーター、ペーター! 火事よ! 山がすっかり燃えて、雪のかたまりも、空も、こがね色してる。ほら見て、あの高い岩の山が燃えあがってる! 雪も。燃えてる。雪って、きれいね。ほら、鷹のおうちも燃えてる。あそこの木を見て。みんなみんな火に包まれている」。

  「それはだな」と、おじいさんは答えました。「太陽の仕業なのだ。山に向かっておやすみ、というときに、いちばんきれいなひかりを投げかけていくのだ。そして明日またくるから忘れないで、といっているのだよ」
     
    『ハイジ』 ヨナンナ・シュピリ作  若松宜子訳より  偕成社文庫2014年4
 

若松宜子訳の素晴らしさには感動させれらます。このリズムと語彙の豊かさ。人間の心を、素直な優しい言葉で表すのはとても難しいことですから。
(
このツリガネソウは村岡花子が「ほたるぶくろ」と訳したブルーベル( Bluebell → Harebell )のことでしょう 。)


  
ハンニチバナ ハンニチバナ科 Rock-rose
           スイス グローセ・シャイディックの草原で  2010.7.

日当たりが良く、風の吹き通る涼しく乾燥した生育場所が好きなようで、標高の高い、栄養に乏しい土地でも育ちます。
名前の通り一日花。次々に花を付けるのでロックガーデン向き。
石灰質の土壌を好むことから、日本での栽培は難しいようです。
しかし、この鮮やかな黄色い花の美しいこと。
花びらが5枚の花には、なぜか心落ち着く安定感があると思いませんか。