りんどう 

  りんどう 竜胆  リンドウ科 gentiann

このりんどうは、象徴としてのりんどうでしょうか。
アルプスの高みに、雪や風に絶え、季節を待って咲くりんどう。
そのりんどうに自身を重ね、おのれの能力をうべない鼓舞する、エミリーと作者モンゴメリ。


    
              Gentian verna  スイスアルプスで
                 
  
          Gentian ramose  同じくスイスアルプスで
 

   今日、ディーンから手紙がきました。彼の手紙はとてもすてきです。あたしを大人あつかいにしてくれるんですもの。彼は、『ふさふさしたりんどう』という本から抜いた小詩を書き送ってくれました。この詩はあたしのことを思いださせるのだそうです。どの節もすてきですが、あたしは最後の一節がとりわけすきです。こういうのです。

  眠れる花よ、ささやけ。
  われ、いかでかアルプスの峰に登り得べきや。
  かの荘厳にして峻厳なる高みに、 
  われ、いかでか、かの誠の名誉にふさわしき、
  いや遠き彼岸にたどりつきて、
  その輝ける目録の上に、
  おんなのつつましき名をしるし得べきや。

それを読むと、ひらめきがおとずれました。あたしは一枚の紙をそっと取りあげて、こう書きました。

わたくし、エミリー・バード・スターは、今日ここに、アルプスの高峰にのぼって、名誉ある目録に自分の名をしるす覚悟であることを、おごそかに誓う。 

       『可愛いエミリー』 第27章 エミリーの誓い The Vow of Emily 1923年刊

"I had a letter from Dean to-day. He writes lovely letters--just as if I was grown up. He sent me a little poem he had cut out of a paper called The Fringed Gentian. He said it made him think of me. It is all lovely but I like the last verse best of all. This is it: 

    Then whisper, blossom, in thy sleep
   How I may upward climb
   The Alpine Path, so hard, so steep,
   That leads to heights sublime.
   How I may reach that far-off goal
   Of true and honoured fame
   And write upon its shining scroll
   A woman's humble name.

 "When I read that the flash came, and I took a sheet of paper--I forgot to tell you Cousin Jimmy gave me a little box of paper and envelopes--on the sly--and I wrote on it:I, Emily Byrd Starr, do solemnly vow this day that I will climb the Alpine Path and write my name on the scroll of fame. )
 

  日本のりんどう

  日本のりんどう 春りんどう 


                 友人のみちこさんの作品(切り絵) 
Gentian verna 
モンゴメリ自叙伝にこうあります。                 

 もうずいぶん昔のことです。わたしは小さな子供でした。ある日、雑誌の一頁から「りんどうによせる」とい う題の詩を切りぬいてノートの片隅にはりました。ノートを開くたびにその詩をくりかえし読みました。そしてその詩が、私の人生の指針となったのです。ほんとうに「険しい道」でした。わたしが歩み続けてきたその同じ道をいまも歩みつづけている人びとを、許されるのなら、わたしは、「聖なる巡礼者」と呼びたいのです。

     モンゴメリ自叙伝 『険しい道』 山口昌子訳 
                             第1章 プリンス・エドワード島 --- 母の死 1917年刊

The Alpine Path:  The Story of My Career.

(Many years ago, when I was still a child, I clipped from a current magazine a bit of verse, entitled "To the Fringed Gentian," and pasted it on the corner of the little portfolio on which I wrote my letters and school essays. Every time I opened the portfolio I read one of those verses over; it was the key-note of my every aim and ambition:

"Then whisper, blossom, in thy sleep
  How I may upward climb
The Alpine path, so hard, so steep,
  That leads to heights sublime;
How I may reach that far-off goal
  Of true and honoured fame,
And write upon its shining scroll
  A woman's humble name."

It is indeed a "hard and steep" path; and if any word I can write will assist or encourage another pilgrim along that path, that word I gladly and willingly write. )
 

作者は、この『険しい道』を1917年に著しました。
これまで書き続けてきた努力を、ほかならぬ自分への記念碑として打ち立てたかったのかもしれません。
6年後、『可愛いエミリー』にこの詩のエピソードを挟み込んだのも、この詩によって人生の指針を与えられた遠い日の記憶を留めたかったからか。

同じ詩を訳すのに、村岡訳と山口訳での違いがあるかを見てみますと。

  村岡訳   山口訳

眠れる花よ、ささやけ。
われ、いかでかアルプスの峰に登り得べきや。
かの荘厳にして峻厳なる高みに、 
われ、いかでか、かの誠の名誉にふさわしき、
いや遠き彼岸にたどりつきて、
その輝ける目録の上に、
おんなのつつましき名をしるし得べきや。

 ひとびとの眠れる内に、
 樹々はそよぎ花は咲き乱れる
 険しき山を登り、山頂に立つ、
 ああ、はるかなる山頂。しかれども
 達するとき、真正の声とどろきわたる。
 いざ、記すべし、黄金の紙表に。
 ささやかなる女の名を。

村岡訳のほうが、少女時代のモンゴメリの心をより主体的に捉えたことが読み取れます。
「眠れる」のは誰か。
「われ」とはモンゴメリそのものか。
この詩とモンゴメリの間に隙間がありません。

対して、山口訳では。
どこか突き放したような、客観的とも受け取れる表現で訳してあります。

ここで再度、村岡花子の訳業の素晴らしさと、その天賦の才を確認できました。
 

       蝦夷竜胆